第九話 旅立ち
流石に表通りは明るかったが、奥に進むにつれ暗くなってくる。此処まで来ると暗黒街という名称もなかなか似合ってくる物だ。
バサ、と。翼のはためく音が聞こえ、近づいている。着地したか、それとも低空を移動しているだけか。
考えていると、飛龍が丁度和途の真上を通り過ぎた。短剣を抜いた瞬間、何かが落ちてくるのが見えた。
良く目を懲らしてそれが何であるか見ると――。
「俊哉!?」
落ちてきたのは共にシンセカイを歩んできた友だった。慌てて幻萼をホルダーにしまい込み、落ちてくる彼を受け止める。
口から血が出ている辺り、内蔵の方をやられた、という事か。
「ぐっ……」
苦しそうに俊哉が呻く。握られた武器にはところどころ血が付いていて、彼の傷の大きさを教えられる。
「ミーシア……が」
言うと、俊哉は飛龍を指さし、そして意識を失った。恐らく、結界維持のために奥にいたミーシアは、あの飛龍によって――。
後ろから追いついた悠斗が和途の背後にたった。和途は直ぐさま立ち上がると、一言も会話を交わさず、駆けだした。
やるべき事が解っている人間同士で、言葉を交わす必要はない。
「お姫様を助けるのは、王子様のお仕事、って奴さ」
誰に言うでもなく呟くと、悠斗は俊哉の傷の手当てを始めた。治癒系統の能力は所持していないが、取りあえずの応急処置は出来るはずだ。後は総司の所にでも運べばどうとでもなるだろう。
無駄な体力を消費することを解っているため、叫ぶこともなく全力で和途は飛龍を追っていた。速度自体はこちらが上である物の、生憎ながらあの高度まで跳び上がる脚力は持ち合わせて居らず、翼などがある訳でもない。
畜生、と口の中で呟いた次の瞬間に、世界樹を見つけた。直ぐさまその中に飛び込む。
「ほらよ」
中にいた真那が、和途のやりたいことを全て理解しているようにして、道を空ける。その先に在った転移魔法陣に、そのままの勢いで和途は突っ込んだ。
シュン、という風を切るような音と共に、和途は姿を消した。
沈黙を守ったまま、真那は魔力を練る。転移場所は、世界樹の頂上。
そして其処に、和途は降り立った。此処から飛べば、恐らく届くはず……!
ダン、と。
足下を爆発させた跳躍と共に、和途は飛んできた飛龍の背中へと跳び乗った。着陸した其処はゴツゴツとした鱗によって不安定な場所であり、少し気を緩めればあっさりと落とされてしまうだろう。
背中の方に右手を回すと同時、射出されるようにホルダーから幻萼が飛び出し、するりと手に収まる。それを前方に突き出しながら逆手に持ち替え、
「う、りゃあ!」
ガスッ、と。鈍い音と共に、短剣が竜の鱗を突き破り、皮膚の中へと短剣が滑り込む。グギャゥ、という呻き声のような物が上がった次の瞬間に、飛龍は身体を左右に揺さぶる。
短剣がするりと抜けたと思った時には既に和途は宙に放り出されていた。
「っの……!」
『ゼロ!』
腹の底から響くような春日の雄叫びに近い声と共に、漆黒の左翼が和途の後ろに展開される。機械仕掛けのソレは足掻くようにしてその片翼を必死に振る。
一瞬だけ浮く。そして、その一瞬さえ在れば十二分。空を蹴るようにして和途は宙を動き、バハムートの首に在る一つだけ目立つ光り方をしているソレに短剣を突き刺す。
それは竜の逆鱗であり、つまり――。
「、――!」
人間には理解できない言語にて絶叫を上げたバハムートが、怒りに狂い吼える。
それと共に捕まえていたソレをバハムートは手放した。彼女が落ちていく。気絶しているらしく何の反応も起こさずにただ落ちていく彼女に手を伸ばす。
「届、け……!」
『っ、お』
春日が呟く。それと同時に、春日の力が漆黒の左翼に流れ込む。それは翼を振るい、少しでも近づこうとする。
それを感じ、和途も春日と同じようにその翼に力を込める。
「『お、あぁぁぁぁぁ!』」
二人の雄叫びと共に、漆黒の翼が唸りを上げた。響き渡る音色と共に、ソレは空中を滑るようにして滑空する。
そのままの勢いでかっさらうようにして彼女を抱き留める。
真っ逆さまに下に向かって落ちていく。重力によって急速に地面へと引きつけられながら、ただひたすらに魔力を練る。そして地面と接触するその瞬間、
ボン!
エネルギー同士が相殺されると同時に、豪快な音が響いた。
どうにか無事(受身を取れずとも怪我がなければ多分それは無事だろう)に着地する。
「痛たたた……」
彼女はそう呟き、そして和途の方を見る。
そしてその様子を見てから、ふと溜息を吐き、和途は言う。
「で、君は誰?」
「……え? だ、誰って」
「残念だな、惚れた女を間違えるほど馬鹿なつもりは無い」
そう言った次の瞬間、彼女の右腕が和途に触れようとし、そして幻萼によって防がれる。彼女は不思議そうな顔をしたが、それも一瞬で直ぐさま和途と距離を取る。
「もう一度聞く、君は誰だ?」
次の瞬間、そう、まさに一瞬で、ミーシアの姿をしていたそれは姿を変えた。銀髪とその奥に光る黒い目。その少女が、
とん、と。
その場でジャンプするような仕草を見せた次の瞬間に、とてつもない速度で宙を飛んだ。
「なっ!?」
幻萼を前に投げ飛ばす。威嚇には充分だし、飛ばした後も適当に爆風でも使って戻せばいい、と思ったのだが。
その幻萼もこちらへと跳ね返される。和途の顔面をそれが捉えようとした瞬間、黒い右腕が勝手にソレを防いだ。意識せずにこの能力が発動したと言うことは、恐らく春日の仕業という事だろう。
『アイツの能力は『方向操作』だ。ベクトルを変換する……言っちまえば反則技だ、能力無効でも使わない限り触られたら終わる!』
そう会話している間にその子は向きを変えこちらへと飛んできていた。幻萼にも能力無効は付加してはあるものの、爆風で手元に戻すには少々時間が足りない、残る手は、黒の右腕。
ガン、と少女の細腕と黒の右腕が激突する。その間にも春日の知識から方向操作に関しての記憶をおおざっぱに検索していく。
――物理攻撃、特殊攻撃共に全て方向操作により、ダメージを与えることは不可能。
――勝利の鍵は、二つ。その能力の使用者が計算しきれない攻撃を与えるか、能力を無効化するか。
右腕を振り回すと、吹き飛ばされたその体勢から更に加速して少女は遠くに着地する。
「二月夜宵」
ぽつりと、突然言われたので何が何だかわかりはしなかったが、どうやら少女の名前らしい。つい数秒前までこちらを殺すために飛んでいたのになんと平坦な。
「佐上和途、だ」
……いや、もしくは先ほどの攻防は名乗る程度の価値があるか、というテストだったのかも知れない。何はともあれ、名乗っておいても問題は無いだろう。
「で、夜宵さんだっけ。ミーシアは何処だ」
「彼女は。あそこ」
夜宵の指さした先には、飛龍が飛んでいた。先ほど奴の上に乗ったときには解らなかったが……。
「竜の持つ。宝玉」
「宝玉……まさか、アレの中に!?」
しまった、そんなことは考えたこともなかった。竜の首に宝玉が下がっているのはよく聞くが、あれが四次元ポケットだなんて聞いたこともない。
さっさと追いかけたいところだが。取りあえず、目の前にいる、全ての向きを変えてしまう少女は、どうやったら退いてくれるのかさっぱりだ。
「取りあえず、どうしたものか」
「生きるか死ぬか。それだけ」
「其処まで単純なのは俺は余り好きじゃないんだけどね」
和途が言った次の瞬間に疾風の如く夜宵は宙を駆け抜ける。しかし忘れてはいけないのは、この世界の住人はほとんどが異質である、という事。
和途は一瞬にして夜宵の後ろに回り込み、
「疾風じゃぁ……、ちっと、いや大分足りないかな」
黒の右腕が少女の背中を突き飛ばす。そのまま宙に夜宵が放り出されると同時に幻萼の付近が爆発し、それは和途の手元に舞い戻る。
吹き飛ばされたそのベクトルを変換したか、夜宵は翼でも持つかのようにこちらへと飛んでくる。
それは必殺であると、彼女の目が告げる。そしてそれに向き合い、そして和途は一撃を放つ。
「……行くんだね」
「ん? あぁ、リタが攫われたり何かしたらお前何が何でも出るだろ?」
「そりゃ、」
言った後リタと目があってジャンゴは黙り込む。人の見送りに来ておきながらなんで其処でラブコメやってんだこいつは。
そんな言葉でからかってみようかとも思ったがれなぱん基りたぱんが飛んできそうな気もしたので黙っておくことにする。
「それにしても、両手に花ですね」
義和が言う。その笑みに対してはどうリアクションを取ればいいのか困る。ひとしきり困ってから、取りあえず笑って返すことにした。
和途、と真那が後ろから声をかける。どうやら、準備が出来たらしい。
くるりと振り向くと、ゲートが其処に開いていた。ユグドラシル(唯一つのトネリコの樹、であるユグドラシルは、言わばアルトネリコのレプリカであるらしく、時空を繋げるだとか)から接続した、アルファサーバへの入り口だ。
つ、と視線を後ろの方へ逸らす。フェルナヘレンと夜宵が其処にいた。この世界に自分を解放する物が無いというのなら戻って情報を与えた者を問いつめよう、という考えなのだろうか、断固としてフェルナヘレンは此処に残るという意見を受け付けなかった。
夜宵は何を考えているのか、よく解らない。行く、というので連れて行くことにする。
彼女の必殺を砕いた事で彼女はこちらに着くことを決めたようだ。あまりしんどい戦いとかは好きではないのだが。
「じゃ、次に会うときは連れ戻してきなさいね」
イセリアに声をかけられる。悠斗は見送りには来ていなかった。どうでも良い事なのか、それとも戻ってくるから送る必要は無いと考えているのか。
どちらにしようと、師と仰げる人間である事に変わりはない。
「当たり前ですよ。……悠斗にお願いします」
言って、ゲートへと歩み寄る。
「おに……和途、頑張ってー!」
「取りあえず帰ってきたら一発殴るからなー!」
楓の声援を受けながらゲートを潜ろうとする。卓斗の言葉は聞こえなかったことにしよう。そもそもお兄ちゃんと呼ばれていた和途は俺じゃなくて春日の筈だ、関係はない。
「んじゃ、行ってきます」
呟いた言葉が届いたかは解らないけど、取りあえず、これが開くまでに二ヶ月もかけてしまった。
とっとと、ミーシアを助けさせて貰うとしよう。
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