第三十話 取り返した翼


 彼女が体重をかけてきたがぼろぼろになっていた身体では支えきれず倒れ込んだ。
「うん、其処まで馬鹿とは考えてなかった」
 などと言いながら春日が下の階から上がってきた。
 流石に避けずにそのまま真正面から歩いていくなんてタイタンフォームな事をするとは考えていなかったらしい。
「まあそう言う人でしょうしね。この少しの間で大分人柄が解りましたよ」
 笑いながら総司が上ってくると、体中から痛みも傷も消えていった。自慢げな表情で黒猫がにゃあと鳴く。
 そんな風に下からぞろぞろと集団で上がってくる中に春日の姿を視認したミーシアがビクリと震え、
 その手を和途が握る。
「大丈夫、あいつはお前を傷つけない」
「……うん、解った」
 笑うと、彼女は和途の手を握り返した。
 その光景を見て春日は薄く笑う。
「“翼”は取り戻したか」
「あぁ」
 問いに、和途は短く答えた。
「天使ちゃんよ、俺は春日、だ。だけど俺と並行する春日には俺の許せない春日もいる」
「私をああいう風にした貴方を許せない、だよね。……大丈夫、解ってる」
「そりゃ嬉しいな、サンキュ」
 言い訳がましいがな、と自嘲気味に春日は呟いた。
 壁にもたれかかったまま、悠斗はこちらを見ていた。
 その悠斗に向けて思い切り笑いかけてやる。
 それを見て悠斗は笑って見せた。
「言っただろ、あいつは俺らを越えるって」
 真那がそう話しかける。
「そう、だな」
 笑いながら、いつかの出来事を思い出す様に悠斗は言った。
 そして和途に向き直り伝える。
「……和途、その翼、無くすなよ」
 言われずとも、と目で和途は答えた。
 その和途の目の前に震電の手から幻萼が差し出される。それを受け取ってホルダーにしまう。
「解っているだろう、和途」
「ああ、解ってる。どの“あいつ”かも」
 ゲート騒動の時最後に自分の中に生きていたミーシアを自覚し、切り裂いたあいつ。
 春日和途、それが今回の騒動の原因。
「ほーらほら、もうあとやる事なんか解ってるんだから」
 唐突に背中を叩かれたので見てみるといつの間にやら憐奈が。
「全く、こんな可愛い彼女持ちだなんて聞いてないわよ?」
「今回の戦いの理由とかは説明したぜ?」
 それでも見た事は無いもの、と憐奈が言ったので和途は苦笑した。
 ちらりと憐奈が目線を向けた方を見てみると、申し訳なさそうにフェルナヘレンが居た。
「良かったですね、和途さん」
「あぁ。お前の目的の方は?」
「真那さん達から話を聞いたんですが、やっぱりそう簡単に戻る方法は無いみたいです」
 それでも私は此処にいるから、と彼女は言った。
 その後にまた噛んだ事について謝られたが、オメガブレイカーさえあれば俺自身が吸血変異する事も無いので大丈夫だと言っておいた。
 ところで、悠斗がシンセカイの悠斗(要は世刻の方だ)を通して、ジャンゴにフェルナヘレンを紹介しておいてくれるらしい。
 あっちの世界でジャンゴに頼るなりすれば、ある程度は克服していけるだろう。
 もう一人の自分と向き合った今の彼女なら、きっとどうにか出来るはずだ。
 などと考えていて気づいたが、フェルナヘレンの手が少し震えている。
「ん、発作か」
「ごめんなさい、こんな時に」
 考えてみれば前の発作から随分経っていた、
 よくここまで耐えた物だ。
「いや、流石にしょうがないことだろ」
 手を差し出すとフェルナヘレンはかぷりとその手に牙を立てた。
 ……?
(春日、なんかみんなの視線が痛いんだけど?)
 どうやら分離してからも思念波は送れるようだったので純粋に疑問をぶつけてみた。
『……お前アホだろ』
 明らかに苦笑いしている春日からそんな返事が帰ってきた。
 憐奈はあからさまに楽しそうな表情をしているし真那はそこらで笑い転げているし、悠斗に震電はもう呆れた様な表情を見せた。
 卓斗と俊哉は二人で何か話し合っている。
 今俺が置かれている状況は何かと和途が必死で考えている間に、
 フェルナヘレンは和途の手首からその口を離した。
「また一緒に街回りましょうね」
 笑顔で少し顔を赤くした彼女がそう言うと、


「和途ーっ!」


 どこぞの図書館顔負けの量の書物を頭の中に入れている少女の如くミーシアがぷっつんした。
 羽が棘程度の攻撃力を持ってちくちくと和途を刺す。
 どうやらこの辺には容赦無いらしい。
「痛っ、痛たっ!?」
「この浮気者ーっ!」
 どの辺が!? と言いながら和途は必死で防いでいる。
 そんなにしたら可哀想だとフェルナヘレンが和途の腕を取った為最早それは戦闘といえるレベルに見えても仕方がない物になっていた。
 馬鹿騒ぎする中で和途は改めて実感する、
 ――俺が望んだ世界は、手に出来たんだな、と。


 ……と言ってこの騒ぎが特に収まるわけでもない。
「やれやれ……無知と鈍感ほど罪な物は無いぜ……」
 あいつが望んだ幻想がハーレムだったら取り敢えず殺すかと春日に目線を向けて強く賛同の意を示されながら宵はそう呟いた。
「ユニーク」
 いつの間にか凌から戻っていた夜宵が笑いながらそう言った。
「緊張感が無いというか……」
 苦笑しながら総司がそう言うと、春日がその肩を叩いて、
「この世界が欲しいから、あいつは戦ってるのさ」


「暴力振るう女の子は嫌われますよーっ?」
「っ、和途ぉーっ!!」
「俺かよ!? いや痛い、痛いって!?」
 笑っている彼らを見て、悠斗がもう一度笑いながら溜息を吐いた。
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