第二十八話 僕がここにある理由
あの日より、空気がひんやりとしていた。
あの日より、殺気が満ちていた。
あの日より、彼女は苦しそうな顔をしていた。
あの日より、僕は強くなれたのだろうか?
なんとなく全ての感覚が言っている、
――今外に出れば、あの日より紅い空が僕の上に広がっている。
「……ミーシア」
「う、あ、……」
言葉を発するのも苦しそうに、彼女は其処にいた。
その姿はかつて、自分が彼女の望みを叶えるべく、短剣を構えたあの日と同じ物。
翼をその背に生やした彼女は彼女であり彼女でない天の使い。
――お前はあの子を殺せるのか。
(それがお前の望みなら、俺、は……)
ミーシアと目が合う。
――私が私じゃなくなったら、和途が殺して。
「私を、――殺して」
奇しくも彼女はあの日と全く同じ言葉を和途に向けた。
ビクンと背筋を振るわせた次の瞬間、後ろに回された右手に、
ホルダーから弾き出された幻萼が収まりそしてその切っ先はミーシアに向けられる。
「それが、……それがお前の望みなら、」
俺はお前を殺すよ。
かつての自分はそう言った。
この子が攫われて、俺はここに来た。
そして彼女は彼女では無い存在へと変えられた。
死を望む彼女を殺して、俺はあの日と同じように、彼女を俺の力として連れ帰るつもりなのか?
それはお前の望む事なのか?
彼女の望みを叶えてそれで全てが幸福で埋め尽くされるのか?
お前はそれで満足するのか、
答えろ、佐上和途。
お前の幻想を――!!
――私ね、和途の事、好きだよ。
「、……」
薄く、和途は笑った。
カタン、と気のない音を立て、幻萼が床に落ちる。
「弱くなったなぁ、……俺も」
彼女の望みを退けて、自分の願いを叶えてしまおうとする。
それはどれだけ弱い事なのだろうか、そんな事を考えながら和途は言う。
彼の幻想、
「ごめんミーシア、それがお前の望みでも、俺はお前を斬れない」
大切な、ここにたった一人しかいないこの子を守り抜く事。
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