第十三話 新たなる剣


 目を覚ましたそこで視界に入ったのは、フェルナヘレンの顔だった。
「――、?」
 とりあえず首を傾げてから、体を起こそうとするが激痛が走り動けない。
 見慣れない天井を見つめながら、事態を把握しようと考えている間にドアが開く。
「っと、起きたね」
「君は……」
 覚えててくれた? と少女は言いながらこちらへと歩み寄ってきた。
 澤岻憐奈。つい先日少しだけ会話を交わした少女。
「なんでまた大して知りもしない人間を」
「んー? 何も野郎だけだったら私だって助けたりしないわよ。私可愛いから襲われたら大変でしょう?」
 笑いながら憐奈は言った。
 とりあえず愛想笑いで返しておく。それにしても、麗華によく似ている。
 恐らくは俺と春日のような別世界での別人格、と言ったところだろう。それは最早別人と言えるだろうが。
「で、隣の子は? 起きた?」
「そうだ、ルナと夜宵……あれ?」
 ベッドが一緒な事にはツッコまないのね、と憐奈がちょっかいを出してくるがそれどころではない。
「夜宵が居ない……!?」
「何、もう一人居たの? 私が倒れてる貴方達を見たときには他には誰も居なかったわよ」
「……どういう事だ?」
 夜宵に用があるっていうなら、そもそも俺に夜宵を差し向ける必要自体無かったはずだ。
 元々彼女がこちらに同伴していた目的が不明瞭で在った以上、考えても疑う事しか出来ない事に気づく。
 一旦思考を止める。自分の側の人間を疑っていったらキリがない。
 今はとにかく無事を祈るしかない。俺が蒼銀の飛竜を追っていた事を知って居るんだから、ひとまずそれを目指せば彼女とも合流できるかも知れない。
 それにしても、フェルナヘレンが居てくれて良かった。
 彼女が独りだった場合、発作を押さえるためには誰かを犠牲にするしか無くなるのだから。
「で、どうするのよ」
 思考に没頭していた和途を、憐奈が引きずり上げる。
「っと、悪い。……うん、こっちの目的地を彼女も知ってるはずだから、とにかくそれを目指す」
『もっとも、それが移動できるからタチが悪ぃんだがな』
 唐突に頭の中で春日が呟いた。どうやら生きていたらしい。
「……ん、」
 横でフェルナヘレンが目を覚ます。ぼんやりと天井を見てからこちらを見て、起きあがろうとするが和途と同じように起きあがれない。
「おはよー」
 憐奈が言うと、そちらの方を見て首を傾げる。
 そう言えば憐奈と面識があるのは俺だけだ、と説明を始める。


「で、何だって? 飛竜の情報?」
 晶波卓斗は困っていた。道ばたに倒れていた少女を拾ったら面倒な展開だったから。
「そう。彼もきっと来る」
 目の前の少女は二月夜宵と名乗った。なんでも別の世界からの訪問者で、仲間と離ればなれになったらしい。
 一人は俺と同じ程度の年齢の少年。見れば解る、とは彼女の言葉だが、俺と面識のある人物とでも言うのだろうか。佐上和途、という名前も情報として提供してくれたが頭の片隅にすらひっかかるものがない。
 どちらかというともう一人の少女の方とさっさとご対面したいものである。
「で、二月さん」
「名前で呼び捨ててくれれば。良い」
 ふむ、と考え込んでから名前で呼び直した。
「夜宵。蒼銀の飛竜ってのに心当たりは無いんだが」
「それなら。しょうがない」
 一人で探すと言いながら立ち上がろうとするが、無論立ち上がれる状態ではなく、一瞬だけ苦痛に顔を歪めてから元の通りに横になる。
「はぁ。……探すだけ探してはみるよ」
 言いながら立ち上がり、外に出ようとドアに手を伸ばした瞬間、
 バン!
 と派手な音を立ててドアが開けられた。ちょうど開けようとしたところで向こう側から開けられるとあり得ないほど驚くものである。
「うおっ!?」
 例に漏れず卓斗は心拍数でも表すように跳び上がった。
「卓斗! 外が!」
 扉を開いた男――洲崎俊哉は、開口一番そう叫ぶ。
 ただごとでは無いと悟り、その発言に問いを投げかける事もなく外へと走り出す。
「待って」
 と、夜宵に呼び止められ振り返る。
 何かと訪ねる前に夜宵は言う、
「信じて。自分を」
「意味はわかりかねるが頭の隅には入れとくよ!」
 言い残して卓斗は外へと飛び出す。既に俊哉は外に出て異変の方を指さす。
 轟々と燃える蒼銀の炎。それが彼らの村を灼こうと近づいて来る――。
 恐らくは炎のカーテンの向こう側に見える竜の放ったブレスなのだろうが、その巨大さからして最早波のようにしか見えない。
「あの子も逃がさないと!」
 言って俊哉は家の中へと飛び込む。
 迫ってくる波が卓斗達の村を、そこから逃げまどう人々を焼き尽くそうとし、
 切り裂かれる。
「おいおい、どうにかしてこっちに来てみたらどういうこった!?」
 灼熱の波を切り裂いたそれは卓斗達の前に降り立つ。
「黒木、宵……?」
 知らないのに知っている。奇妙すぎる感覚。
 こいつは……誰だ!?
「っと、卓……いや別人か、下がってろ!」
 もう一度、炎の壁が切り裂かれた向こうに見えたそれが大きく息を吸い込む。恐らくは今度はブレスでなく、一点を貫く槍のような熱線。
「煉!」
 先ほどブレスを切り裂いたであろう太刀を右手に持ち、左手を前に突き出して宵は言った。いくつもの魔法陣が彼の立ち位置と竜の顎をつなぐ直線のように並ぶ。
 酸素を吸い込む音と共に、熱線が放たれる。ソレと同時に、展開されていた魔法陣が一斉に砲撃を放つ。
「うぉ、やべ?」
 砲撃が、熱線に圧し負けようとしている。その光景を唖然と見ている卓斗。
(和途の奴が形成してたデータより数値高ぇぞ。チートでもかけてんのか?)
 そんな事を考えながら、力を練る。後数秒、それだけあれば砲撃は圧し負ける。
 砲撃に大分エネルギーを回してしまったので、一瞬で別の技に回せるエネルギーは限られるが、それでも熱線を弾くには十分なはずだ。
 ただ、その一撃で竜を倒す事は不可能だろう。あまりにも威力が足りなさすぎる。
「く……そ、都合良く誰か目覚めるとかあると楽なんだがなぁ!」
 言うと同時に砲撃がかき消される。熱線がこちらまで届く数瞬の間に出来るだけのエネルギーを纏って跳ぶ。
「獄牙!」
 一本の巨大な剣のように宵が空を駆ける。熱線は全て打ち消され、竜の顎がそれによって撃ち抜かれ――ない。
(ち、やっぱエネルギー不足か!)
 次の瞬間、視界の端に竜の爪が見える。それを太刀で受けようと構えるが空中という不安定な場所から防げるわけもなく。
 派手な音を立てて、村から少しだけ離れた其処に彼は落ちていった。
「卓斗、逃げるぞ!」
 一連の流れを見ていなかった俊哉が、夜宵に肩を貸しながら出てくる。
 卓斗は蒼銀の飛竜を見つめたまま動かない。
「夜宵。……あれか?」
「そう。あれ」
「何を、」
 俊哉が言いながら卓斗に手を伸ばしたのと同時に、卓斗は走り出す。
 蒼銀の飛竜に向かって、全力で。
 虚しく空を掴んだ俊哉の手を、そっと夜宵が取る。
「飛べるよ。彼は」
 言ってから、俊哉の目を見つめて続ける。
「そして。――貴方も」
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