第二十七話 目覚めるは闇のお姫様


 どぐん、と。漆黒の中で、一度だけ少女の心臓が動いた。だが、それは一瞬の出来事で、そしてその動きも少女の存在も、誰にも知られる事はない。


「っ……あ……!」
 血まみれで、佐上和途は空に転がっていた。空の所々が佐上和途の血に塗れ、そして痛々しいほどに紅く光っている。
「さて、此処まで読み通りな訳なんですけれどもハイ」
 言いながら、春日和途は透明な大剣をぶんぶんと振り回しながら佐上和途へと近寄ってくる。そして和途が和途に大剣を突きつけ、そして和途が和途に、冷酷に告げる。
「藻掻ける程度の実力も無いようなんで、『神殺し』の力だけとっととよこせやゴミ」
 決していかにもな悪役な言い回しでは無く、本来的に、ただ単に、普通に和途はそう告げた。それこそが最も世間的な精神とは遠いのだろうが。
(……成程?)
 佐上和途は、そこで納得する。自分が記憶を失っていた理由など簡単に解る。恐らく、六歳程度からイセリア達に拾われた記憶が在るのは、恐らく植え込まれた記憶で在るからだろう。
 きっと、短剣を悠斗から貰うその二、三年前。其処から前は、コイツが、俺だった。そしてコイツは、『神殺し』を得るためだけに俺を創った。そして神殺しを手に入れた今、俺に用は無い。つまり、神殺しを得るために創られた佐上和途は、此処で消える――。


 ――? 『神殺シヲ得ルタメニ創ラレタ』? つまり、『俺がミーシアを殺し、ソレを手に入れる』事は決定されていた?
 つまり、コイツは――ッ!


「テ、メ、ェェェェェエエエエエエエエエ!」
 雄叫びにも絶叫にも聞こえるその咆吼が、春日和途の鼓膜をビリビリと振動させる。次の瞬間に爆炎が飛び、そして春日和途がそれを一瞬にして消す。
「今更気づいたか。そうだよ、『天使であるミーシアを堕とし、そして壊した』のは俺、さ」
 佐上和途の眼が開き、そしてその右目は紅銀の色を灯し、揺れ始める。そんな和途を見ながら、春日和途は煙草を加え、そしてその先端に灯がともる。
「だが、それがどうした? それを知って今更テメェ如きがどうにか出来る訳でも無ぇ」
 チリチリと高熱を発し続ける煙草の先端が赤くゆらゆらと揺れ、そしてそれを焼き尽くすかのような紅銀の瞳がジリジリと怒りを冷静に灯し続けている。
「鬼を奪われた、神殺しさえも取られた。実力じゃ勝てねぇ。さて、テメェはどうするよ?」


 ――絶対的であった。それに自分が勝てるはずは無かった。自分が手に入れた筈のソゥハイトは、ペルソナは、全て春日和途の身のうちに在る。自分には何もない。あるとすれば、『殺神和途』というその名と、『神殺』と刻まれたその短剣だけ――。
(……短剣?)
 ふと思い、そして和途は気づき、そして心中笑う。そう、自分にはまだ在った。この短剣一本。そうだ、短剣一本で充分なんだ。
 この短剣で、幾千の電霊を斬った。一度だけ愛した少女を斬った。斬った、斬った。斬った斬った斬った斬った斬った――!
(鬼も神も『殺せない』って言うんなら――)
 どう見ようが勝ち目の無いその状況で、佐上和途は獰猛に笑う。そしてその笑みを見て、春日和途は、機械仕掛けの漆黒の左翼を持った黒い鬼へと変化を遂げる。いつのまにか煙草は消え、そして両眼から紅銀の光が灯る。それと同時に、佐上和途からペルソナが奪われ、そして右目に在った紅銀の光は消える。
(『死ぬ』まで砕き続けてやるよ。……なぁ、)
 小さく、和途が唸る。黒鬼はソレを見て後ろへと飛び退る。透明な大剣はその体に合わせるようにして更に大きくなり、そして襲い来るであろう和途へと、確かにその切っ先を合わせる。
 そして、
「行くぞ、ミーシア!」


 どぐん、と少女の鼓動がする。それは和途の鼓動とつながり、そして和途は天使へと昇華する。鬼と全く真逆の方向へと行くようにして、そして全てを砕き、全てを飲み込み、自身を道具として使ったかつての自分さえも敵に回して、
 それでも尚、唯一人、愛するが故に粉々に砕いたその少女が自分と共に鼓動を刻んでいる、その事実を背負うだけで、
 殺神和途は、飛び立てる。


「発動しやがれ、『鬼神砕』!」
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