第二十話 痛いの痛いの、憎いあの子に飛んで行け
「貴方が真那さんに与えた“痛み”を、全て貴方に移しました」
如月総司は、淡々と告げる。そして、告げながら、剣を構える。痛みを蓄え、そしてそれを放つ。痛みを与え、そして奪う剣。
黒髪がゆらゆらと揺れ、何故か不気味な印象を与える。彼自身は、至って普通だと言うのに。
「真那さんは死んだ。つまり、その痛みは“致命傷”で在るわけですね」
あくまで淡々と、丁寧とも取れれば馬鹿にしているとも取れる言葉遣いで、総司は話し続ける。冷静に、そして、まるで真那の如く、軽く、薄く笑いながら。
「その“致命傷の痛み”を貴方に与えた。ショック死すると思ったのですが、残念な事に、そうはいかなかったようです」
矢張り一筋縄では行きませんね、と総司は続けた。そしてその両手に握った剣を構え直し、激痛に悶えながら自分を見上げる麗華を見据える。
「ネウル」
総司が呟くと同時に、蒼い猫がするりと出てきた。そして総司の方をちらりと見ると、にゃーと一度だけ鳴いた。
同時に麗華が激痛から解放される。全ての痛みが消えるが、だが、傷自体は深い。痛みが無いだけで、死んでいるのでは無いか、と自分を疑う程に、血は止まらず流れ出る。
「……“食わない”のか?」
蒼い猫が、総司に声をかける。その見た目とは裏腹に、その声は低く、そしてどす黒い。痛みを暗示するその猫は、誰よりも冷たい目を麗華に向けた。
「お前……!」
麗華が立ち上がろうとする。痛みは無いはずだが、そこに崩れ落ちる。今更ながら、真那の最期の一撃が効果を現したらしい。
ガクガクと自分の言うことを聞かない足を立たせようとし、そしてまた崩れ落ちる。そんな麗華を見ながら、総司はくすくすと笑った。
「今のアレを狩っても、たかが知れてる。それじゃ、真那さんの敵を取れた、とは思えない」
そうだとしても僕が僕を認められない、と総司は続ける。それを聞いたネウルは、ふん、と鼻で笑い、そして総司の中へと消えた。
麗華を見下していた総司は、ふと思い出したように後ろを振り返り、歩いてゆく。そして、消えた。
「お……ぅらよっ!」
剣を振り回すようにして、A.T.フィールド――絶対なる恐怖の領域――それを刃の形に形成し、投げつける。
義和がそれを見、そして掌をそれに向けると同時、それは弾けるようにして掻き消えた。
「舐めないで欲しいですね。感情による防壁程度で僕を殺せると思うな」
「星の欠片、ねぇ。流石は、最高傑作だ」
お褒めいただき光栄ですね、と義和は言う。だが、その目に喜の感情など、全く秘められてはいない。感情は設定されている、だが、あくまで設定されているだけ。
それが、創られたニンゲン、城戸義和。
「****、指示を」
義和が言うと同時に、黒い眼が爛々と光り始める。それは、全てを吸い込むような光りだった。だが、祝福を与える光りとは、違う。
『煌びやかに、荒々しく――。砕きなさい』
脳内に直接伝わる、その声に言われると同時に、人らしくするためなのか、黒くされていたその瞳から光りが一瞬にして消え、そしてその光りは、紅と蒼に変わってゆく。
深い紅と、蒼。このオッドアイが、彼が彼である証明だった。そう、彼は思い続けていた。将也が一瞬にして消える。
(絶天)
来ると判断した瞬間、光速の世界へと身は投じられる。一瞬の間よりも早く接近する将也、そしてそれを砕きにかかる義和。
二つの刃が交差し、そして絶天が作動する。
元の場所に降り立つ将也、そしてその上空には、深い紅と蒼、双つの、瞳。そしてそれは唸るように光り、その腕に握られた剣が将也へと襲いかかる。
気づいた将也が振り返り、そして剣を構える。炎が龍の如く彼の周囲を覆い、そしてそれが炸裂すると同時に、将也が一閃を放つ。だが、義和の方が、一瞬早かった。
この技を、この距離で使えば、恐らく、将也だけでなく自分も吹き飛ぶ。それを解っていながら、義和はその刃を振り下ろす。****の、指示に従う、ただその一点の為だけに。
「落流星」
世界樹の最上階が、炸裂した。
「総司、あいつ、追ってきてるぞ」
にやりと笑いながら、総司の中で、恨みをその中に蓄積する猫は呟いた。ネウルは、全ての痛みを自分の中に蓄える。肉体に与えられた痛覚も、そして、埋めることの出来ない心の痛みも。
ネウルの言葉を聞いて、総司はこの上ない笑いを浮かべながら、言った。
「……見逃してあげたのに、しょうがない人ですね」
前へ/戻る/次へ