第十九話 黒鬼


「!」
 悠斗がふと気づいたように手を止める。止めた手の先には、貫かれた電霊の死体がぶら下がっている。
「……真那、か」
「……あぁ」
 短い会話と共に、何事も無かったかのように、悠斗と震電は再び動き始める。そう、元々――こうなる予定だったのだ。
 真那は、誰か(結果としては麗華だったが)に殺される。否、殺されなくてはならない。そして、その結果――。


 少年は、仮面と幻想を得た。
「……ペルソナと、ソゥハイト」
 機械仕掛けの漆黒を背負った和途が呟く。漆黒の翼によって止められていた卓斗の大剣がはじけ飛ぶように離れる。
(……和途がソゥハイトを……!?)
 卓斗が大剣を構え直し、和途を見据える。だが、和途は自身に何が起きているのか解らないような表情で、自分の掌を見つめる。
 そして、その掌をゆっくりと卓斗に向けた。
「嘆唄」
 言った瞬間、卓斗の足下に巨大な魔法陣が現れる。それは、本来の持ち主の扱うソレより、遙かに巨大で、そして、遙かに凶暴だった。
 紅蓮が龍へと姿を成し、そしてその巨大な顎が、卓斗を噛み砕こうと吼える。卓斗がそれから避けようと空中に飛ぶ。
「……あぁそうか」
 そう、呆然とした様子で呟きながら、和途は卓斗を見据える。その左眼は、これまでと変わらない、全ての絵の具を掻き混ぜたような黒、だが、その右目は、
 紅銀。
「お前なのか、真那」
 言った次の瞬間、和途は卓斗の前にいた。短剣が唸り、卓斗へと迫る。卓斗がそれに反応するより早く、短剣は卓斗の懐へと届いた。
「っ!」
 一瞬だけ刃が身に入る。が、内部の氣を練り、それ以上のダメージを防ごうとする。が、殺す気でかかってきている刃に、それは、ほとんど意味を持たない。
 が、和途は後ろへ退いた。
 紅銀の眼が唸ったかと思った次の瞬間に、卓斗の足下が爆発を起こす。感じた瞬間に上へと飛んだ卓斗は、ダメージこそ少ない物の、一瞬の焦りが生まれる。
 そしてその一瞬は、紅銀の瞳が迫るには、充分過ぎた。
「このっ!」
 迫った和途を、卓斗がはじき飛ばそうと大剣を振り下ろす。そしてそれは短剣に当たり、そして和途は、吹き飛ばない。
 氣の全てを全開放する。零距離からの終來が和途に直撃するが、それさえも無効とする。まるで、その瞬間の和途は、其処に存在しないかのように、全てを無視した。
(……神殺――!?)
 今目の前にいる敵自身に聞いたその言葉が、卓斗の脳内を支配する。かつての友人は今の敵、だが、目の前に居るソレは、明らかに異質。
 そう、卓斗は異質の中にて成長した。が、それさえも越える、今までに見たことのない、異質。怖い、という感覚を覚える、そしてその空虚さえ感じさせる恐怖は、
「A……U」
 機械的なその音声に応えるかのように、爆発する。
「うああああああああああああああ!」
 大剣がもう一度炸裂するように和途へと振り下ろされる。それに殴られるような形で斬撃を受けた和途は、そのまま下へと落下する。
 和途が幻想に目覚めるその瞬間と同じような構図。そしてその事さえも考える事無く、卓斗の刃は容赦なく、再び和途を狙う。
 今度は間違いない。ソゥハイトは既に出ている、何ら問題は無い。そうだ、何もない。今この瞬間、シュヴルツによる斬撃は確かに和途を叩き落とした。攻撃は当たる。そうだ、何もない。こいつには、もう抵抗する術なんて無い。『なのに、何故コイツは笑っている』?
「あはは、あは、あははははははははははははははははははははははははははははは!!」
 人間らしい所なんてもう、その姿を除いて、何一つ残っては居ない。今の和途をこの世に存在する言葉で表そうとするのなら、卓斗には一つしか思い浮かばなかった。
 ――鬼。
 卓斗がそう感じた瞬間、人間としての姿という彼を人間の定理に唯一留めようとした楔は跡形もなく砕け散った。
 八重歯が長くのび、肌が一瞬で黒く染まる。短かった筈の髪の毛は腰まで届くような銀髪になり、ふわふわと波が漂うように宙を舞っている。そして、鼻から上を隠すように着けられた灰色の面から除くのは、
 全てをえぐり取るような、紅銀の瞳。
「ルヴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」
 鬼の咆吼は、卓斗を消し飛ばそうとし――。
 そしてそれは、防がれた。
「登場が遅れたね。まぁ、その方が面白味が在るだろうし、許してくれ」
「……***」
 呟いた鬼の目線の先に、卓斗に背を向けるようにして立っていたのは、
 八月朔日凌。


「う、あぁぁぁぁぁぁ!?」
 黒西麗華は、強烈すぎる痛みに絶叫を上げていた。真那の最期の一撃は、それなりにダメージは負ったが、致命傷という訳では無かった。
 が、これは違う。明らかに致命傷と呼べる程の痛み。だが、痛みが其処に存在するだけで、傷などは全く存在しては居ない。
「初めまして、黒西麗華さん」
 遙か上から声がする。体全体を覆うように走り抜け続ける痛みを感じながら、麗華が見上げる、そしてその先に居たのは。
「如月総司です、以後お見知りおきを」
前へ/戻る/次へ