第十五話 揺らめく心の奥に
あのままだったら、幸せだったのかも知れない。
ぼやけた視界の中、少年はそう思いながら、剣を振るう。
「調査ぁ?」
「うん、調査」
和途が上げた間抜けな声に、真那があっさりと返答する。何の話かと言うと、−−−の調査、という話である。そのまんまですね。
調査、と言ってもそれは名前だけの話であって、詰まるところは第一回目の殴り込み、という奴である。準備も何も無い状況でまぁ良くやる物だ。
と、そんな約五秒の会話から数日後、悠斗達は−−−の在る其処へとたどり着いていた。場所は、世界の中心に立つ樹。簡単に言えば世界樹、という奴である。
「ま、中身は無いけどな」
と真那が言う。世界樹の思念体であるユグドラシルは、真那のペルソナだ。つまり、世界樹の思念体であるユグドラシルと表裏の存在に在る真那は、世界樹と表裏の存在に在る、という事になる。
そんなこんなで内部突入。中には電霊の群れ。
「……特殊能力万歳」
言いながら短剣を振りかざし、和途が吼える。
「努炎!」
短剣から飛ばされる炎の衝撃波が、電霊達を焼いてゆく。電霊、と言っても電霊自身の要領が入りきれない程度のスペックであるボクなのが救いである。
和途が一匹狩るまでの間に震電や悠斗はとてつもない量を狩っている。将也と真那は、同じ炎を主に使う者同士相性が良いのか、タッグを組んで戦っている。
炎が一度舞えば十体が消滅し、炎が二度舞えば百体が消滅し。剣が一度振るわれれば世界樹は大きく揺らぎ、魂が咆吼すれば、世界が歪む。
「和途ぉぉぉ!」
言いながら降ってきたのは――知らない人物。
「晶波……卓斗?」
知らないはずなのに、知っている。晶波卓斗、その名前は、記憶の中に無いのに、記憶の中に在る。聞いた事が無いはずの名前を、俺が知っている。
(『俺』の知っている人物……?)
「やっと見つけた。こっちに来い、和途!」
卓斗が和途へと手を伸ばす。そうだ、自分は――この少年を知っている。だけど、俺の持つ記憶の中に、この少年は見あたらない。俺の知らない俺を知っている少年。その手を、和途は、
「悪いな、晶波卓斗」
短剣を少年へと突きつけ、
「俺はお前の知っている存在じゃない」
拒絶した。
「……!」
刹那、走る絶望。一瞬の空白、そして、
「そうか、なら……!」
交差する剣。
和途の持つ短剣と卓斗の持つ大剣が弾き合い、離れる。和途が短剣を構え直し、そしてその横に悠斗が降り立つ。
「やぁ、お久しぶりだね、晶波卓斗」
「テメェ……!」
知っているが知らない、その存在に卓斗は剣を構える。その後ろにユラユラと揺らめく影は、彼の最も大切とする存在。
「俺の名前は世刻悠斗だ、憶えておけ」
「……楓」
言った瞬間卓斗が加速し、悠斗へと向かう。後ろに揺らめく存在――晶波卓斗のソゥハイト、『晶波楓』が――卓斗へ力を与え、そしてその斬撃は、
「待てよ、お前の相手は俺だろ?」
神殺しの短剣に抑えられる。
あのままだったら、きっと平和だった。何もないけれど、それこそが幸福だと、思い知らされる世界。
何故か熱を持つ水が頬をこぼれて行き、視界はぼやけていく。ゆらゆらと揺らめく視界の中にはっきりと映るのは、自分の手に握られた大剣。
そして、背中に確かに感じるのは、無二の妹の、感覚。
「和途……」
「さぁ、教えてくれよ、晶波卓斗。俺の知らない『俺』を」
「「勝負だ」」
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