第六話


 爆音で眼が覚めた。飛び起きると同時にドアが開き、真那が顔を出す。その顔は至って真面目だった。
「覚悟は?」
「必要ない」
 問われ、応えた。そう、覚悟など、自分には必要ない。刻は来てしまった。そして、殺す為の“理由”は、既に身の内にある。覚悟など必要ない。
 彼女がそれを望んだならば、俺は彼女を斬るだけだ。
 部屋を出ると、震電と将也が朝食を採っていた。震電は一度だけ和途を見ると、また食べ始める。和途が将也の方を向くと、食べていたパンを飲み込んでから、将也は言う。
「救ってやれ」
 言われると同時に、和途は玄関を向く。外から、紅い光りが零れ出ている。まるでそれは、血を世界全体に垂らしたかの様な色だった。
 ドアを開け放つ。視線の先には、背中から翼を生やした、ミーシア。矢っ張り天使だった、と自分の中で呟いた。そして、ミーシアは、泣きそうな顔で言った。
「私を殺して」
 和途が手を腰の後ろに回すと同時に、ホルダーから短剣が飛び出る。そしてそれは和途の手中にあっさりと収まり、切っ先がミーシアで在った者に向けられる。
「それがお前の望みなら、俺はお前を斬るよ」
 言うと同時に、惹かれ合うように二人は接近した。羽が轟、と唸り、そして和途へと矛先を向ける。
 それを爆炎で弾き、そして自らも爆発により飛び上がる。ソレを見、翼をはためかせ、異形は和途へと接近する。泣いた顔をしたミーシアは、苦しそうに呻き、そして、
 狂ったように、笑みを浮かべた。そして、それに対する和途の表情も、同じような笑み。まるで、鏡を置いたかのようにそっくりな笑顔を浮かべる。
 いきなり裂けるように弾けた二人は距離を取る。ミーシアの掌が掲げられ、そしてゆっくりと和途へと向けられる。紅い空が唸る。
「裁きの雷、食らいて消えよ」
 既にそれは、ミーシアの声では無かった。そしてソレを聞き、掌を真上に向け、和途は呟き始める。
「炎の刃は我が意志なり、踊り果てろ、紅炎の中で!」
 朱い色の魔法陣が上空へと向かい展開される。そして、紫色の魔法陣が、和途に向かって展開される。そして、天使と、異端に囲まれた存在は叫ぶ。
「雷神!」
「紅炎ノ舞曲!」
 稲妻が和途へと向かい堕ちてゆく。そしてそれに対抗するように、和途の展開した魔法陣から、炎の柱が上空へと吹き上がる。
 そしてその二つはぶつかりあい、せめぎ合い、そして炸裂した。消えて無くなった二つには目もくれず、二人はまた惹かれ合う。


 一閃と一閃がぶつかりあい相殺し、一撃と一撃がぶつかりあい相殺する。その一度一度が、互いの全てを削ってゆくように、周囲に殺気をまき散らす。
「ふふ、ふふふ」
「っく、くはは」
 二人が、可笑しそうに笑った。笑いながらも、一度でも食らえば全て終わるソレは続けられる。互いが互い、一度斬られればそれで終わりになるであろう戦いだった。
 素人故に、下手な狩人よりも戦える、それは皮肉な物で、互いに、互いを殺すことしか考えてない彼らも同じだった。素人故に、高度な物へとソレは昇華してゆく。
「あはははははははは!」
「くはははははははは!」
 笑いながら飛ぶ斬撃と、衝撃。それがぶつかる度に、世界が振動した。
 俺は、この子に惚れていたのかも知れない。和途は、そう思った。狂おしい程に愛おしい。だから、殺したくなる。
 そして彼女は殺される事を望んだ。ならば俺は全力でこの子を殺す。それが俺の“好き”なのかも知れない。
 ふと、互いの手が止まる。そして二人は距離を置く。
「終わりにしましょう?」
「あぁ、そろそろお終い、だな」
 にこりと笑い、そして二人は、それぞれの刃を構える。互いが互いを、切り捨てる為だけに。愛するが故に、叩ききる。その全てを、永久に自分の中に。
 狂った恋愛が、一閃の刃で終焉を迎えようとしている。
 彼女は既に彼女では無い。だが、それも彼女という存在の一部であって。そしてそれも含めて俺はこの子を好きになった、それで全て充分だと、知った。
 自分は、これで満ち足りたと、知った。
 彼女が自分へと向かい接近してくる。最後の一閃を放つ為なのか、その両翼は神々しささえ溢れさせながら光り、そして巨大な刃が迫ってくる。
 互いが笑顔のまま、互いを傷つける。
 和途が短剣を構え、彼女へと向かい一撃を放つ。短剣の刃、その延長線上を、一本の光りが延びてゆき、そしてそれは巨大な一本の光りの剣と化す。
 和途は気づかなかった。その時、自分の背中に、機械仕掛けの、漆黒の片翼が、生えていたことを。
 一閃と一閃が交差し、そして彼女で在ったソレは崩れ落ちた。狂った笑みと共に、“佐上和途”の初恋は終わる。
「……『神殺し』ね」
 その一言を残して。


 家の中に戻ると、まずシャワーを浴びた。どうも血生臭くなってしまった為だ。全てを流したような感覚を覚え、そして全ての感情をもう一度その手ににぎり、シャワールームから外へ出る。
 自室に入ると、真那が居た。切り裂いた和途に、彼は問うた。
「どうだい、絆を切り裂いた気分は」
 問われた和途は、少し迷った後、ホルダーに収まっている短剣を抜き、笑顔でこう応えた。
「負けるわけにはいかなくなった」


【神殺し編】終幕。
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