第三話


 少女の名前は『ミーシア』と言った。『なんか、救世主(メシア)みたいだな』と和途が言うと、ミーシアは照れた様に笑い、その後、少しだけ寂しそうな表情をして言った。
「そうだったら、良かったのにな」
 その言葉を聞き逃した和途が聞き直しても、ミーシアは何も言わなかった。ただ、笑うだけ。


 和途とミーシアは、森の中に来ていた。『薪取ってこい』という真那の命令である。電霊狩りをして金を稼ぐことさえ出来ない彼は、主にこういう雑用が担当である。電霊に襲われた場合? 全力で逃走。
 ミーシアが着いてきているのは、宿泊代、という事らしい。食費に対してこれとなると割に合わない気さえするが其処をツッコんでしまっては負けなのだろう。
《クゲェェェェー!》
 叫びながら森の陰から飛び出たのはレッサーデーモン。大方先日の復讐という奴であろう。くだらない、などと考えながらレッサーデーモンを切り捨てる。
 そして次の瞬間、和途の背中に斬撃が入る。痛みに悶える前に斬撃を受けたその方向を振り返る。大量のレッサーデーモン。
(っ、油断した)
 一体だ、という思いこみをした。考えてみれば何て馬鹿なのだ、先入観如きによって傷を付けられた。それだけが苦痛で、怒りを短剣に込め、振り下ろす。
 ただの八つ当たりに他ならないが、八つ当たりをしているその当人にとって、そんなことは、何よりどうでも良い事なのである。
 多少時間を食ったが、どうにか全体片付けた。自分で手当をしている横で、ミーシアが心配している。
「ねぇ、大丈夫なの!? なんか、血、一杯出てる!」
 血だの何だのが苦手なタイプなのか、ミーシアの顔は少しばかり青ざめている。大丈夫だよ、と一言だけ和途は応えた。それに不服そうな表情をミーシアが浮かべたので、続ける。
「お前が守れたならそれで良い」
 言った瞬間、ミーシアが頬を朱く染めた。頭から湯気でも出そうな感じだ。どこぞの天使の如く。
「やだー、和途君ったらー」
 いきなりくねくねし始める。が、和途は何を意識して言った訳でも無い。理由は唯一つである。
「いや、守らないと将也に殺されるから」


 ――は? 擦り傷一つ付けさせるな?
 ――うん、そゆことそゆこと。
 ――あー、うん、反論しても無駄ね、了解しました大佐。
 ――うむ、すばらしい思い切りだぞ和途!
 ――はいはい、『全ては美人のために、美人は美人のために』
 ――解ってるねぇ、和途!
 ――いや、なんか全然嬉しくねぇ。


「ということなので」
「ぺしーん」
「すぐはっ!?」
 もろに効果音を口で言われた。同時に薪で頭を叩かれる。バコン。って。ぺしーん、ってレベルじゃなかった。痛い。……痛い! 頭のついでに先ほどの背中の痛みに悶え苦しんでおく。時間短縮、時間短縮。
「全く、そう言うのは黙っておけば良いのに」
 怒りながら薪を抱えてミーシアは去ろうとする。が、結局立ち止まる。痛む頭をさすりながら、まだ少し怒った表情のミーシアに問う。
「……そういうモン?」
「そういうモン」


 今考えてみれば、このころは平和だったなぁ、と思う。何故、この瞬間の幸福にすら、自分は気づくことが出来なかったのだろう。正直悔やまれる。
 だが、今となってはそんなくだらない事は関係ない。彼女を切り捨てて手に入れた、文字通り“神を殺す”力を、この短剣に込めて、振り下ろすだけ。


 さて、そんなこんなで数日後。震電、ようやく帰宅。
「部屋? 言わなくても使ってくれて構わんが」
「もっと早くそれを聞いてれば良かったな、と正直思う」
 何せ、その許可を取るためだけに、約一週間、自分は床で寝る羽目になったのだから。……自分の部屋なのに。
 と、色々な感情が込められて居たものの、何はともあれ自分のベッドでゆっくり眠れる事になるだろう。あー、良かった良かった一件落着、と適当に考えていた。
 ……のに。
(何で僕は床で寝てるんでせう?)
 床で寝るという事になった。何故かって? 空き部屋はある。だが、家具はない。つまり、ベッドもない。そして、和途の部屋から、ベッドが持ち去られた。
「女連れ込んだんだからこれくらい覚悟するのが普通だろ」
 とは真那談。聞いてねぇよ! とツッコみたかったが、事実拾ってきたのは自分、何かあって被害を被るのも、自分。
(畜生、切り捨ててくれようか)
 無論冗談のつもりの思想であった。だが、悲しきことにその思考は実際の事となる。その腰に付けられた短剣で、彼女を切り捨てる事になる。
 そんなこと、知る訳も、無かった。
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