第十二話
ズルリと、ラセルトの右腕がジャンゴの腹部から抜かれる。
太陽の力によって浄化されたその部分から黒煙が立ち上り、大気中へ消えていく。
ジャンゴの身体がゆらりと地面に向かって倒れていく。と、唐突にその両手はラセルトの両肩を握りしめた。
一瞬だけラセルトは身構えたが、次の瞬間気づき、呟く。
「父、さん……」
「強くなったな、ラセルト」
其処に立っていたのは、紛れもなく彼の父だった。おてんこ様も気づいた様でこちらへと急いで飛んでくる。
「ジャンゴ!」
「おてんこか。……変わらないな、貴方は」
そう言いながらジャンゴは笑ったが、次の瞬間その笑みは崩れた。
ラセルトから数歩離れた所で、彼の身体の内から闇が這い出てきた。
「父さん!」
「さ、せるかっ」
呟きながら、グラムを構える。それはジャンゴ自身の力によって太陽の力をエンチャントされ、煌々と輝く。
そしてそのままグラムを自身の身体に突き刺した。黄金の光に暗闇が塗りつぶされ、ジャンゴは自身の意識を保たせた。
「ぐ。……おてんこ、パイルドライバーを」
「ジャンゴ……!」
「早く!」
一瞬の硬直の後、おてんこ様は広場の中央へと飛んでいき、パイルドライバーを召喚する。ジャンゴが目で促し、ラセルトは悲しそうな表情のまま棺桶を喚ぶ。
何の抵抗も無い棺桶を引きずり、パイルドライバーの真ん中に設置する。
躊躇っているラセルトの元へ、おてんこ様が飛んでくる。
「お前は決めたんだろう? その道を曲げるな」
顔を上げる。おてんこ様は、必死に自分の感情を抑えていた。彼だって今すぐ棺桶の中からジャンゴを出してやりたいだろう。どうにかして開放してやりたいだろう。
だが、それをジャンゴは望まない。
ラセルトとおてんこ様の意志が重なり、ガチンという音を立ててパイルドライバーが起動する。
紫煙が辺りに立ちこめ、ジャンゴの押さえつけた闇の力が開放される。
ギシリ、とパイルドライバーが軋み、パイルドライバーの光が押し返される。
「く、……っ!」
「ぬぅ……!」
ラセルトとおてんこ様の力でどうにか拮抗した状態を保てているが、日没が迫っている、このまま続けばこちらに勝ち目はない。
と、紫煙が少しずつ収まっていく。恐らくはジャンゴが自らの意志で押さえつけているのだろう。だんだんと光の柱が棺桶へ向かって延びていく。
棺桶へと光が届き、それと同時にジャンゴの声が聞こえてきた。
「ラセルト、悪意は力だ」
消えようとする最中、闇を押さえ込みながら、ジャンゴは伝える。
「誰かを憎む、意志の力。だけど、意志という力は、お前の助けにだってなるんだ」
伝えなければならない事。
「その意志は、人の心の中を照らす太陽」
いつも心に浮かび続ける太陽。
「俺たちの持つ、銀河意志に打ち勝つただ一つの力」
サバタが言っていた。ダークマターに、クイーンに囚われた自分を救ったのは、愛した女性と、そしてジャンゴのくれた絆。
それを、サバタはこう呼んでいた。
「ボクらの……太陽」
ジャンゴが、頷いたような気がした。
「自分に囚われるな。そして闇という意志を恐れるな」
それは、銀河意志の与える運命に抗うという意志。立ち向かうという思い。
其処まで伝えたところで、再びパイルドライバーが圧され始めた。
「もう……限界だな。……ラセルト」
「……父さん」
両の拳を握りしめながら、ラセルトは父への最後の言葉を紡ぐ。
既に見えはしない、だが確かに目の前に居る父を真っ直ぐに見ながら、続ける。
「俺、越えるから。父さんも、お祖父さんも」
その瞳に、彼は何を見たのだろうか。
ああ、と一言だけジャンゴは答えた。
ガシャン、
パイルドライバーの軋む音が聞こえる。もう猶予なんて物はない。
「急げ、ジャンゴの……、ジャンゴの命を無駄にするな!」
おてんこ様の怒号が飛ぶ。
両の手を空に向かって掲げる。山の向こうに沈み行く夕焼け、それをその手に掴むかのように。
精一杯の声を絞り出し、叫ぶ。
「太、陽ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
パイルドライバーが、金色に輝く。展開されたその中心にいるジャンゴ、そしてその身の内に宿るキング・オブ・イモータルが灼かれていく。それでも、その両手が下げられる事はない。
「おてんこ。ラセルトを頼む」
だんだんと、ジャンゴの思念体がぶれていく。その中で、ジャンゴはおてんこ様に伝える。
「ああ」
おてんこ様は、力強く頷いた。それ以上の言葉は、彼ら二人には必要無かった。
そしてジャンゴはラセルトへ、父として、一人の人間として。最期の言葉を伝える。
「『明日もまた日は昇る』。……ラセルト、お前がみんなの太陽になるんだ」
自分の言葉は、既に伝えた。両目から零れ落ちる涙も気にせず両手を掲げたまま、ラセルトはただ父の言葉を聞く。
「俺は、ずっと見てるから。託したぞ、俺の太陽を」
パン、
其処まで伝えて。
炸裂するような音を立てて、一瞬で全てが消えてしまった。
展開されていたパイルドライバーも、もう一度軋む音を立てて、その光を失った。棺桶さえも焼き尽くされ、それのあった場所に一本だけ残された剣を拾い上げる。
「父さん。……見ててくれよ」
ジャンゴの剣、グラムをその手に、ラセルトは漆黒に染まり始めた空を見上げた。
剣を背負う。ホルダーに収まっている太陽銃に目を移す。
記憶の彼方の、母の言葉が頭の中に蘇る。
「いつも心に……、太陽を」
呟き、一瞬俯く。
次の瞬間には前を向く。後悔するにはまだ早い。
今はまだ『途中』なんだ、悔やんでる暇はない。
「お前の父は、誇り高き戦士だった。そして、私のかけがえのない友だった」
行こう、と。おてんこ様が呟く。
「うん」
全てが終わったその後。後悔なんてするのはそれからで十分だ。
今はただ、自分に出来る事をする。
「螺旋の塔から奴の気配がする。……最後の戦いだ、覚悟は良いか」
「当たり前さ。待ってろよ、……リュアール」
全てを終わらせるために、螺旋の塔へとラセルトは走り出す。
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