第十話


 走る時間が大分長かったため、こちらに来るときよりは大分早く街に着きそうだ。
 サン・ミゲルが心配ではあるが、リュアールは確かにラセルトが来るまでは待つだろうとおてんこ様が言うので、街の近くで早めに休息を取っていた。
「どうしたラセルト? 明日には戦いがあるというのに」
 焚き火の前でぼうっとしていると、おてんこ様に声を掛けられる。
 恐らく明日街に着けば、ジャンゴがラセルトを待ちかまえているだろう。……いや、ジャンゴの意識が無いのならそれはもうジャンゴでは無いのかも知れない。だが、
「父さんと戦うのか……」
 もう一度、事実を噛み締めるようにラセルトは呟いた。
 何年も前に旅立ってから会う事の無かった父。自分が大きくなってようやく会えたと思ったら数日後には戦え、と。
「そんなのって……無いだろ」
「それでも、戦わなければ世界が終わってしまう」
 ガシャン!
 太陽銃が地面に叩きつけられる。それは派手な音を一度立てた後、夜の静寂の中にとけ込んでその存在を強調することは無かった。
「出来る訳無いだろ!? 父さんを殺すなんて!」
 あれはもう父ではないのかも知れない。それでも殺したいなんて思わない。
 そんなラセルトを見て、おてんこ様は言おうとした言葉を言うべきか少しだけ躊躇う。
「言いたい事があるなら言えよ!」
「……ジャンゴは、自分の父を、……殺した」
 搾るようにして出したその声は、ラセルトの頭を揺さぶった。
「父さんが……?」
 おてんこ様が真っ直ぐにラセルトを見つめる。
 皮肉な物だな。そう呟くと、彼は目線を少しだけ逸らした。
 それはこの時間を見つめている目ではなく、遠い過去を見る瞳。
「紅のリンゴ。奴もまた、息子と同じようにヴァンパイアとなった」
 黒のダーイン。
 サン・ミゲルに封印されていた四人のイモータル、その一人。
 彼の器として、祖父であるリンゴは闇に沈められ、そして――。
「父さんが、殺したって言うのか?」
「あぁ。正面から父と戦い、そして越えていった」
 ジャンゴがリンゴを越えた様に。ラセルトは、ジャンゴを越えなければならない。
 でなければ、世界が――いや、ラセルトの護りたい物が、消えてしまうのだから。
 それでも。
 何年も帰ってこなくて、諦めそうになったけど、信じてた。
 そして、父さんは生きていた。でも、
 なんで、それを自分がこの手で殺さないといけないっていうんだ!
「く、そ……!」
「ラセルト。私は太陽の使者と言っても、ジャンゴを――自分の友を助ける事すら出来ない」
 いつもより力無く浮きながら、おてんこ様は項垂れる。
 少しだけ間をおいてから、こちらを見据えて言う。
 頼む、と。
「私の友を救ってくれ。闇の中から」
 それは、願い。
 太陽の使者としての、この世界を守るための犠牲を払えと言う命令でもなく。
 彼の中のキング・オブ・イモータルを殺せという要求でもなく。
 唯一人しか存在しない、
 ジャンゴという、彼の友人という存在を救って欲しいという、
 おてんこという一つの意志の、願い。
「俺は、俺、は……!」
「お前にしか、奴は救えないんだ!」
 殺したくない。けれど、自分の父は。
 このままヴァンパイアとして生き続けて、護ろうとした人も世界も全て消えた闇の世界で意識も無くただ存在していくことを望むのか?
 自分がジャンゴから継いだ力は、何のために使うべきなんだ?
(俺は――、)
 何のために、力を振るいたいんだ?
(父さんは……、お祖父さんと戦ったとき、どう思ったんだろう)
 それは自分には解らない。けれど。
 自分が、どうしたいか。それだけは、決まった。
「……おてんこ様」
 地面に落ちたままだった太陽銃を左手で拾い上げる。
「父さんを……助ける。手伝ってくれ」
 空いている右手をおてんこ様に向かって差し出す。
「済まない。ありがとう。……本当に」
 俯いたおてんこ様の右の葉が、ラセルトの手に触れた。
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