第十五話


 俺は誰だ。
 春日和途。
 此処はどこだ。
 俺の家。
 ……、よし。
 あのまま大した進展も出来ないまま三日が経過してしまった。今日がタイムリミットだ。
 まあ、それがどこで手に入れた知識なのかは覚えていないが、わざわざ記憶しているということは正しいのだろう。
 外を見ると、流石に記憶が無いという事に気づいたか、みんながみんな慌ただしく走り回っていた。
 知識はあるのに記憶は無い。……、しかし何故俺はこんなに落ち着いているのやら?
 やけに冷静な自分を見るに、こういう事件に何度も巻き込まれているのだろうか。
 それはひどいな、と思いつつ窓際に置かれたソファの背もたれに腰掛けるというソファを擬人化したらボッコボコにされそうな事をしながら窓の外を眺める。
 流石にこの状況で学校などありはしないだろう。
 ……あっても、まあ一日くらい休んでも通知票が酷くなるくらいさ。
 通知票っていうのは割と重要なものらしいが、これぐらい軽視しているところを見るに、自分のそれの中身は割と悲惨なのではないだろうか。
 そんな事を考えたがどこにしまってあるかも解らないそれを引き出してまで自分の記憶を探る気にもなれなかった。
 どうせ他人事のようにしか俺の瞳には映らないんだろうし。


 夜。
 知識として持っている、『鏡蝶の噂』。
 新月の夜は今日というメモを見て俺は友人の家に向かっていた。
 ……友人と言ってもそうらしい、という程度の知識があるだけで彼とは面識が無い気がしてしまう。
「拓真」
 何故か屋根の上に飛び乗って友人の部屋の窓を叩く俺。……何やってんだ。
 ガラリと窓が開き、当然のように彼――拓真は俺を招き入れた。
「春日、か。……どうする、自己紹介でもするかい?」
 俺と同じ気分なのだろう、拓真はそんな冗談を呟きながら椅子に腰掛けた。
 ……しかし初対面のような気分のする相手を名前で呼ぶのも奇妙だ。
「鏡世界に渡る前に人員が欲しいな」
「互い知り合いでも呼ぶかい? まあこの状況で世界の崩壊を知ってるなら来るしか無いが」
 言って拓真は携帯を取り出し後輩達を呼び始める。
 知識に従って携帯の電話帳を開き、こういう類の騒動に巻き込んで良いと脳が訴えている人間の名前を探す。
 ――鳴神、莉沙。


 そうして、拓真の部屋には初対面に等しい面々がずらりと並んでいた。
 互いに互いを認識してはいるがどうにも気まずい。
「だが、やるしかないね」
 秋野先輩が呟き、皆が皆頷く。
「行きましょう。時間が惜しい」
 呟いて義和は鏡に入っていった。湯沢と神山がそれに続く。
 次に秋野先輩が入り、佐竹原先輩が入る。九曜が入り、それに拓真が続――こうとしてこちらに振り返る。
「そういえば、晶波君は呼ばなくて良かったのかい」
 彼の知識は俺と卓斗の友人関係は強固なものであると言っているらしい。
 それに対して俺の口は、
「ああ。……あいつは、呼ばない」
 そう答えた。
 巻き込みたくない、とでも言うのだろうか。
 記憶を持たない今の俺には、自分がどういう意味でその言葉を言ったか解らなかった。
 忘れない様にしようとでも言うかのように卓斗の顔を思い出しながら、
「行こう、鳴神」
「うん」
 鏡世界へ踏み込む。
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