第十六話


 左右の反転した世界、
 知識としては持っているが実際見てみると奇妙なものだ。
 それを知識としても持っていなかった鳴神は特に驚いている。
 と、
「随分と早いお出ましで」
 異形達がぞろりと出て来た。
 列を為すそれらはまるで、その終点に俺たちの求める存在が居るとでも言いたげだ。
 唐突に俺の横を二つの影が通り過ぎる、
 二人の少年が異形と激突した。
「行ってください」
「もう誰かも分かんないっすけど、思い出せたらまた会いましょう!」
 名前は――。湯沢、と、そうだ神山だ。
 だんだんと彼らに対する記憶すら薄れてくる。もう今朝自分が何を見たかも思い出せなくなってきている。
 まずいね、時間が無い。
「頼んだ」
 一言だけそう呟きながら駆け抜ける。


 世界が、人間が。
 ぼろぼろと崩れ落ちていく。
「ぐ。……限界か」
 何のために自分がこれだけの膨大な魔力を使用していたかももう解らない。
 茶髪の青年は一人世界の終焉の間際に立っていた。
 朱色の魔法陣が粉々に弾け飛び、じりじりと世界の崩壊がこちらへと歩み寄ってくる。
 これ以上時間を稼ぐことは出来ない。残ったリミットだけで彼らが――、あれ、彼らって誰だっけ――?
 そんな事を考えながら、青年は動かなくなった体に従い、瞼を閉じ、終焉に身を委ねる。
「春日……、」
 一言、呟いて。


「――、真那?」
「どうした、春日」
 誰の名かも分からない名前を呟いた俺に、九曜が呼びかける。
 真那ってのは、一体誰の事なんだ――?
「いや、なんでもない。急ごう」
 思い出したければ、先へ進む。
 そうしなければどうにもならない――と知識が訴えているが実感は湧かない。
 前を見ると、巨大な骨組みの竜がそこに立ちふさがった。
「な、」
「よーし、女性陣頑張っちゃうよー!」
 言いながら鳴神が前に飛び出る。
 続いて佐竹原先輩が竜のブレスを切り裂く。
「ほら、さっさと行きなさい。……誰かもわからないけど」
 苦笑してから佐竹原先輩――ダメだ、名前と顔が一致しなくなってきてる――が言う。
 頭を振ってから、再び彼女たちを思い出すために走り出す。
「春日」
 呼びかけられ、声の主である鳴神という少女へ目線を向けながら足を前へ進める。
「助けるって約束した。それを、私は覚えてる」
 ……そうだ。だから俺は君を呼んだ。
 交わした約束しか覚えていないし、それすら数分後には忘れるだろうが。
 この一瞬、彼女とのその約束を信じて俺は前に進む。
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