第八話 白の右腕
余りに奇妙すぎる光景だ。
戦いが嫌でこちらに来て、そしてまた戦いに戻ってきて。戦いが嫌で訪れた世界の友人が、目の前で戦っている。
「卓斗ぉぉぉぉぉ!」
雄叫びが空間に木霊するが、戦いは終わらない。幕を開けてしまった劇は、エンディングまで幕を下ろす事は出来ない。
ドゴン、と鈍い音を立てて、卓斗の大剣が緋芽の腹部に横から当たる。一瞬慌てたが、剣の腹で打ち付けたようで、緋芽はただ横に吹き飛んだだけだった。
精神世界の壁に叩きつけられ、そのままズルズルと緋芽は舌に崩れ落ちる。が、直ぐさま飛び起き、そのままの体勢で弓を引き絞る。
(デム!)
卓斗の方を見ながら、彼の大剣に入り込んだデウス・エクス・マキナに命じる。
(矢だの触手だの、叩き落とせる攻撃は全部叩き落とせ)
他人のソゥハイトと融合する、それは恐らく和途が紡いだそれ自身の能力であろう。だとすれば、例え他人のソゥハイトと同化しようと俺の命令は届くはず……!
『イエス、マスター』
命令が届くとは思ったものの、まさか返事が返ってくるとは思わなかったので本気で驚いた。左手で壁に触れるが、矢張り何も起きない。それはともかく、目を凝らしてシュヴルツをよく見る。
命令は聞き取れたと言わんばかりにそれは白い光を眩く放ち、そして卓斗が振り下ろす其処に光の軌跡を残す。
ぱしゅ、と小気味良い音を立て、矢が消滅する。
(デム、卓斗が持たない、さっさと決めろ!)
『イエス、マスター』
シュヴルツが激しく発光すると同時に、卓斗の膝ががくんと折れた。それはそうだ、ついさっき前に覚醒したばかりだと言うのに、あれだけの力を行使すれば……。
かといって俺は手出し出来る状況でも無い(どころか出ても足手まとい)、後はデウス・エクス・マキナに頼るしかない。
瞬間、緋芽の動きが止まった。卓斗が大剣を投げ捨てた瞬間に、その中から白い光が飛び出し、卓斗の右腕の中へと入り込む。
「黄、泉っ!」
ずるりと卓斗の右腕が緋芽を貫くと同時に止まっていた精神世界と緋芽が動き出す。
ドン!
という激しい爆発音のような音と共に、緋芽の体が電気ショックでも受けたようにビクンと震える。
それと同時に緋芽の精神世界の崩壊が始まったように見える。世界の端がブレ始めた。しばらくすれば消滅するだろう。
緋芽の胸の奥に見える光が白く変わっている事から、恐らく黄泉はデウス・エクス・マキナによって、殺す為の技ではなく、記憶の封印の為の力を流し込む技として使われたのだろう。
ぱらぱらと欠片になって砕けていく世界と共に、一瞬だけ意識が途切れる。
学校の屋上で目が覚めた。東棟から西棟の方を見るが、誰も見当たらない。緋芽の記憶は恐らくデウス・エクス・マキナが消去したはずだし、これなら取り敢えずはどうにかなるだろう。
右肩に激痛が走り、そちらを見る。綺麗に切断されたそれは、精神世界での傷だというのに現実まで被害を及ぼしていた。
幸いながら、卓斗と緋芽は未だ気絶している。義手でも何でも良いから精製してどうにか誤魔化さないと……。
かといって機械鎧の情報を良く知っている訳でもないので、思い通りに動かせる腕は作れないだろう。
そうなると色々と不味いかも知れない、などと考えながらふと前を見る。
何か可愛い女の子が立ってた。
「誰だ!」
ベタとも言えるような台詞と共に全力で後ろに跳ぶ。がしゃん、と音を立てて金網にぶつかり、ろくに使った事もない左手で拳を握る。
「大丈夫、マスター」
……、え?
「いやいやいやいや」
言いながら取り敢えずぷるぷると震える左手でその少女を指す。まさか、とは、思うが……。
「デ……ム?」
「そうだよ、マスター」
そうマスターマスター言われると何故かお人形さんを思い出すからちとタンマ。
「じゃぁ、和途って呼べば良い?」
「取り敢えずそれで頼む。で、何で具現化してるんだ」
意外とあっさり目の前のそれを認めてしまう俺はあまりにも非現実に染まりすぎたのだろうか。また平和が恋しくなってきた。
「んー、マ……和途の右腕が切り落とされたから、僕はこうして此処に居る」
「僕っ子か、お前」
何それ、と言った様子で目の前にいる機械の神は首を傾げる。俺が設定した神様なのに意外と俺の知識は入っていないようだ。
色々と頭の中で整理しようと思っていると、うぅん、と緋芽が声を出す。このままの状態で起きられると何故か居る少女+俺の右腕がないという奇妙な状態になる。
「デム、どうにか出来ないか」
言った次の瞬間に、デウス・エクス・マキナは消えていた。白い光が春日の右肩についたかと思うと、次の瞬間には右腕が戻っていた。
「うお!?」
『僕が和途の右腕。それで今は良いでしょう?』
そうなると、黒の右腕の発動とかはどうなるのだろう、とか思っていたが、卓斗も目を覚ましそうなので取り敢えず中断する。
(あー、取り敢えず……。自我も安定したみたいだし、改めてよろしく、デム)
『こちらこそよろしく、和途』
右腕と話せるという奇妙なアビリティを手に入れた所で、一段落。
ここからどうなるかは、また、運任せだ。
(……どうとでもなれ)
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