第六話 華と愛と幻と
さて、正直今目の前で殺気全開なお姫様に対してどう戦うかだなんて事は微塵も考えてなかった訳であり。
(どうしよう……)
考えた次の瞬間、弓での一撃が降ってくる。まさかその武器で打撃を放つとは考えていなかった為、反応が遅れる。
鈍い音と共にガードの為に真上で交差させた両腕に弓がぶつかる。痛覚が悲鳴を上げるが、どうやら折れたりとかはしていないようなので放置する。
再び袈裟に襲いかかってきた弓の一撃を黒の右腕で受け止める。
「流石に誰かを殺しても紅瀬先輩は喜ばないと思うんだがね……!」
「喜ぶ、よ?」
下手な台詞を言ってみたが、余りにも不思議だと言わんばかりに、くきりと首を傾げ、緋芽は言う。ふ、と弓から力が抜け、緋芽は春日から距離を取った。
「綺麗なお花にはね、それに憧れる汚い蟲が付くんだよ? だからね、私はそれを潰して、お花を綺麗にするの」
驚いた。
これは感染した狂気でも何でもないかも知れない。元々彼女は、こうした感情を無意識下に持っていたのかも知れない。
とすれば、解放もクソもありゃしない。
(……が、)
その無意識下に、この感情を再び戻せれば、どうにかなるかも知れない。
(デム)
デウス・エクス・マキナを呼ぶ。紡げ。この子を日常に回帰させる為の力を。
このソゥハイトは、春日の紡ぎ出した幻想。童話に出てくる神様のような、全てを平等として扱い、万物に救いを与える、神様。それを設定した、機械仕掛けの神。
ずるり、と。右腕から奇妙な感覚を感じたので、そちらを見る。いつもなら、其処には黒い光が宿るはずだが……。
真逆。
春日にとって、異質とでも呼んで良いであろう、白い光が宿っていた。
春日の中で、ソゥハイトが叫ぶ。護れ、と。
「ふぅ。……行くぞ、篠鐘」
「悠斗先輩は私だけの物なの。だから、邪魔するなら殺す」
言葉と共に全方位から矢が放たれる。エネルギー弾でありながら、それは微妙に威力が調節されていた。
(ユグドラシルが撃てる『最低威力』を下回って……!)
相殺狙い以外での砲撃をこれに撃てば、この校舎を取り囲むまるで結界とも言えるようなこの空間に砲撃の全てを反射されるだろう。
かといってレイプトラズトの切断能力でこれを切り落としきれる自信は無い。
と、
「っうお!?」
右腕が纏っていた白い光が拡散し、帯となって矢を全て包み、消滅させた。まるで、それ自身が意志を持つかのように。
緋芽の眼がこちらを捉える。再び驚愕にその眼が見開かれた瞬間に、懐まで飛び込み、彼女を押し倒した。
至近距離で矢が爆発しようとしたが、白い帯が一本だけ出現しそれを捉える。
その光景を視界の端に捉えながら、彼女の胸――その奥に見える、黒い光――に向かって手を伸ばす。
光に手が届き、そしてそれと同時に、
世界が変わった。
空に足場があり、そして其処にゆるやかに着地する。背景というか景色というか、周囲の光景は奇妙だった。
真っ白な、華。それによって一面が埋め尽くされている。
気配を感じた方向に視線を向けると、緋芽が立っていた。緋芽はゆっくりと自分の手首にエネルギーで構成された短剣を当て、血を、空中に存在する床に垂らした。
すると、一瞬にして周囲の白い華は全てが真っ赤に染まる。そして突然、音楽が流れ始める。
聞き覚えのあるその曲を聴いていると、ふと気づく。
この曲は確か、悠斗の奴が気紛れで緋芽に上げたCDの曲だ。……本当に余計なフラグばかり立ててくれる。
と、それに気づいてからもう一度緋芽に目をやると、また驚いた。
「おいおい」
彼女の後ろの影が、辺りを這いずり回っている。そしてそれはつまり、彼女が完全にソゥハイトを覚醒させた事を示していた。
恐らく、ソゥハイトに込められた願いは『愛情』だろう。春日がデウス・エクス・マキナに童話のような神様という『幻想』を描いたのと同じで、彼女もソゥハイトを覚醒させる際に何かを描いているはずだ。
そしてそれは、ソゥハイトを元に構成されるこの精神世界からも解るとおり、悠斗に対する異常なまでに深い愛情。
「邪魔しないでよ悠斗先輩は私の物なのあんな汚い蟲女に渡す訳には行かないのだから退いてよねぇお願い退いてくれないのなら貴方も先輩にまとわりつく汚い蟲なんだねそうなんだねじゃあ殺さないと!」
「篠鐘、句読点は入れてくれないと解りにくい」
彼女の影から、幾千の黒い触手が伸びる。そしてそれは春日の体に巻き付き、締め上げ、
内側から炸裂した白い光に打ち砕かれた。
(頼むぜ、デム)
春日は、願う。己が描いた、機械仕掛けの神様に。
童話のように、全てに救いを与える事を。
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