第五話 満ち足りる
白銀の大剣が虚空を切り裂く。そこから発生した衝撃波が異形達を薙ぎ払う。
「篠鐘、此処に居てくれ」
緋芽を部屋の隅に隠れさせる。ゆっくりと和途は立ち上がり、そして紡ぎ出す。
「卓斗!」
そのまま彼の名前を呼び、突っ込む。卓斗に後ろから襲いかかろうとしていた異形を蹴り飛ばし、卓斗と背中を合わせる。
背中合わせに戦うというのはベタな上に初めての試みだが、まぁ、こいつとなら上手く行くだろう。
「和途、これはどうなってんだ?」
「細けぇ事は後だ、今は楓の言うとおりに動け」
漆黒を、呼ぶ。
右腕がまた黒く染まるが、その腕は異質へと変貌を遂げる事はなかった。
黒い霧が、腕を取り囲んでいる。その奥に見える元々の腕は正常そのものの肌色をしており、先程のような感覚は微塵もない。
(……?)
しかし、それは春日にとっての“異質”であった。今まで黒の右腕がこんな反応を起こした事はなかった。が、
襲いかかってきた異形を殴ってみる。いつもの右腕と何ら変わりはない。なら、問題はないだろう。
卓斗の奴も戸惑いながらも動いている。恐らくは彼の後ろにいる楓の御陰だろう。
飛びかかってきたそれを避け、後ろに回る。背中に左手を当て、呟く。
「獅子焔華」
それだけで、物の見事にそれは吹き飛ぶ。
「跋扈!」
卓斗の声が聞こえると同時に緋芽の方へと跳び、右腕を上に向ける。
叩きつける音と共に光の剣が打ち砕いた。建造物に欠片の傷も付かない辺り、恐らくなんらかの力が働いているのだろう。
……誰か、なんてのは解らないが。
振り下ろされたそれはこちらにも被害を及ぼそうとし、黒の右腕に打ち消された。
一通り終わった所で、取り敢えず卓斗に声を掛ける。彼自身は正気な様だ。
「大丈夫か?」
「いや、振り下ろしたのお前だろ」
「いやね、楓が『和途なら大丈夫だから』って言うもんだから」
本当に妹の言葉にだけは信用を置く奴だなぁ、と思った後、相変わらず楓の奴は以前からの記憶も継承しているのだと思う。
「で、結局この力は何なの?」
後ろから緋芽に声を掛けられる。下手な事を言うとまずいかも知れないし、どう流した物か。
「俺も卓斗と同じ、さ。呼ばれたから答えてるだけ」
言いながら右腕を伸ばすと、それは黒い光を失った。元の右腕が其処に存在するが、ガクリとそれは折れたように有り得ない方向に肘から曲がる。
「……それにしてもそれ、何か嫌ね」
「気にするな、生活に支障は無いんだ」
昔からこの右腕は奇妙に曲がるが、どうやら他クラスにまでその情報は行っていたらしい、何故だろう?
「ごめん、広めたの俺」
「お前か」
取り敢えず、屋上に行ってみる事にした。東棟にも西棟にも、屋上はある。……まぁ、繋がっては居ないが。そもそも繋がっていても渡り廊下と同じに分断されているだろう。
貯水タンクが稼働しているかも気になるし、と確認に行く事にした。
……まさか、それがルート選択をミスる事になるとは、残念ながらアドベンチャーゲーム等は滅多にやらない俺にはさっぱり予測の付かない事だった。
屋上に上がってみると、貯水タンクはどうやら動いているようだった。取り敢えず水は確保。先程給食室を見てみたが食料は在った、取り敢えず問題は無いだろう。
それが尽きるまでに犯人を突き止めて殺せば。
などと思っていると、突然力が発された。
「!?」
それは、西棟の屋上からだった。気づかなかったそれに慌てて振り向くと、
「悠斗!」
つい叫びが上がる。
だって、それは、有り得ない……!?
悠斗が、貫かれていた。女――鳴神とか言ったか――の持った剣によって。
まずい、まずすぎる。いや、別に悠斗は良いんだ、どうにかしてどうにかするだろう。多少の動揺を俺には与えるが。
今、この瞬間、何よりも問題なのは。
「あの、女……!」
「篠鐘、落ち着k」
卓斗が言葉を紡ごうとした次の瞬間に、卓斗の正面に障壁を展開する。それは一瞬にして打ち砕かれ、卓斗は吹き飛ばされる。
気絶はしたようだが、命に別状は無さそうだ。
「邪魔、しないでよ……」
篠鐘の手に、弓が宿る。しかし、それを放たせる訳にはいかない。あの世界が本当にこちらと繋がっていた世界なのか、その確証もない。
緋芽の手から矢として放たれようとする膨大なエネルギーが反射すれば、緋芽もただでは済まないはず。
「止めろ、篠鐘!」
春日の声と共に、緋芽の矢が春日へと放たれる。
(デム!)
デウス・エクス・マキナを呼ぶ。同時にレイプトラズトを展開させる。データの修復は終わっては居ないが、現時点でも黒の右腕よりは使えるだろう。
それによってエネルギーを一閃し斬り捨てる。
「邪魔、しないで……。悠斗先輩を助けないと……!」
「悪いが、無茶だと思うよ」
「五月蠅い!」
緋芽の叫びと共に、春日を取り囲むようにして砲撃が放たれた。感じた事のあるエネルギー、恐らくアルトネリコからの物だろう。
が、
(ユグドラシル)
砲撃手段なら、こちらにも在る。
全砲撃を同質量の砲撃によって無効化する。緋芽の眼が驚愕に見開かれ、そこから殺気が放たれ始めるが、仕方がない。
「後で恨まれるだろうなぁ。……が、」
レイプトラズトを構え直す。
「そっちが動くなら、俺には止めるって選択肢しか無いんでねぇ」
「退かないと、殺す」
はぁ、と一つだけ溜息を春日が吐いた。
「女の子が怖いのは、どの世界でも一緒か」
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