第三話 黒い衝動
ヒュン、と。
風が切れる音がした次の瞬間に、一体の異形の首が飛んだ。ぐちゃりと音を立ててそれは床に落ちる。この中にクラスメイトが一人くらい居るかも知れないが、まぁ関係ないだろう。
殺らなきゃ殺られる。そのルール。それがこの空間で絶対である、それを俺は思いだした。故にこの紡いだ剣で――。
「いや、良いや」
思考を、停止させる。何も考えず全てを消す事が、自分にとっての何よりの快感。
現実の中での非現実、幻想の中での非幻想。正常の中での異常、異常の中での正常――!
(俺が望むのは、『自分に無い物を手に入れる』事)
決して叶う事のないそれを欲とし、春日和途は何度でも飛んでゆく。機械仕掛けの漆黒が左翼として背中から展開される。
ただでさえどす黒い濁った眼が、完全に光を失う。最早彼に自我などと言う物はなく、醜く下らない本能のみに彼の世界の全てが委ねられ――。
くちゃ、と。
汚い音を立てて黒い右腕にそれの一体が握りつぶされた。岩を固めて作り上げたような、悪魔の右腕が、其処にある。
禍々しいまでに黒く染まったその右腕は、春日和途の右腕であった。耳まで裂けるのでは無いかという程にまで笑みを浮かべた口が、犬歯を向きだしにして笑う。
一瞬だけ、それらが恐怖を浮かべたように見えた。そして次の瞬間にそれはただでさえ何かが欠けているその体に更に欠陥を生み出され放棄される。
が、と。黒い右腕がとある一体を掴んだ時、それは呟いた。
「死ニタク、無イ」
本当に、真っ赤な――血の涙を流しながら、それは呟いた。
そして、次の瞬間にぐちゃりと握りつぶされる。
「く、け」
言葉が、零れた。
「け、ひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!」
常軌を逸しているのは、目の前にいる異形ではない。今此処に居る、おかしな右腕を持った、存在。
「……せ、せまい……」
一階には辿り着いた物の、なんといっても狭い。どうにか外に出て、給食室の扉の方へと向かってみる。
と、
バンッ!
派手な音と共に、血まみれの手が扉に叩きつけられた。それに連鎖するように、ベタベタとそれらは其処に張り付いていく。
何で、忘れ物を取りに行ったらこんな風になっているんだろう……?
パキン、と。ガラスにひびが入ったかと思った次の瞬間に、異形達は其処へと雪崩れ込んできた。
ぐちゃりと溶けた様なその腕が緋芽の方へ伸ばされていき――。
「篠鐘ぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」
雄叫びと共に、その一体が蹴飛ばされる。吹き飛ばされたそれが壁に勢いよく叩きつけられ、
「大丈夫か!?」
ヒトとしての右腕が、緋芽の盾に成るように其処に在った。こちらを見ている春日の目は、いつもと同じ様に黒色を宿していた。
「かす、が」
言葉が、紡がれる。その一言を聞いて身体に問題は無い事を知ったか、春日は直ぐに異形達に向き直る。目の前に居るそれらは、溶けた腕を次々と伸ばしてきて……。
(っく、そ)
どうにかして、黒い衝動を抑えたまでは良かった。が、反動と言って良いのか、レイプトラズトが起動出来ない。
あれが無いと、流石に色々とキツイ物がある。斬撃系統とかの攻撃や防御無効だとかの付加能力は全てアレ頼みだったからな……。
俺のスペック自体は相当低い為に、詰め込めるデータ量は限られていた。故に、俺がこの世界に所持してきたデータはレイプトラズトだとか、一部だけの物。
これ以上の力の増幅となると……。データの外部バックアップを取れるソゥハイトを紡がないと行けなくなる。
……が、それを紡ぐ事は、間違いなくこの世界で紡いできたヒトとしての俺を捨てる事に――。
――あの、黒い衝動に、身を任せる事になる。
「春日、」
後ろから、言葉が紡がれる。弱々しい緋芽の声に振り向くと、凛とした瞳が其処にあった。
「死にたく、ない」
先程の異形が呟いた言葉と同じ様に、緋芽は呟いた。今度は、透明な液体が彼女の頬を伝っている。
(畜、生)
心の中で、呟いた。
何でだよ、何で、……何で、だろう?
黒い力が、叫んでいる。さっきは全てを壊そうとしたくせに。
護れ、と。
だから、叫ぶ。心の、其処から。
機械仕掛けの神様を、呼ぶ。
「……来い!」
護る、――為にっ!
「デウス・エクス・マキナ!」
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