第二話 舞踏会


(さて、と)
 幾ら篠鐘が後ろにいるとは言え、能力の一つも使わずにこいつから逃げるのはそう容易くはないだろう。
 残念な事に結局はただの人間であるからしょうがない。
 見えない壁をもう一度蹴飛ばしてみるが、矢張り反応はない。悠斗の奴め、一体何してやがるんだ……。
「……?」
 見えない壁から、嫌な物が感じ取れた。……これは……、次元連結?
 かといって、悠斗がこんな無駄な事をするとはとても思えない。つまり、次元連結を使える何かがこの事態を引き起こしている、という事だ。
(……頼むから、悠斗の方に行って置いてくれ)
 取り敢えずそう祈った瞬間、ゾンビもどきが何かを吐き出した。紫色の液体――、恐らくグールの吐く溶解液と同じような物だろう。
 横にころがるようにして跳んで避ける。そのまま緋芽の方へ向かいながら、ゾンビもどきの両足に座標を指定し、
「爆ぜろ」
 小声で、呟く。
 小気味よい、水素を爆発させた瞬間を思い出すような炸裂音と共にゾンビもどきの足が崩れた。それによってバランスを崩したそれは床に崩れ落ちる。
「篠鐘、逃げるぞ!」
 動揺しきって立てない状態になっている緋芽の手首を握り、無理矢理に立たせ走り出す。このゾンビもどきが複数居ると考えた場合、流石に大量のソレを相手にすれば緋芽の前でも戦わざるを得ない。
 その事態は、出来れば避けたい。出来うる事ならば、悠斗がこの状態をどうにか復興させるまで、一般人として逃げ切るのが最上の展開なのだが……。
 そんな事を考えながらひとまず卓斗の居る保健室に急ごうと思いながら階段へ向かうと……。
(う、え)
 ゾンビもどき達が大量に其処にいた。結局未だに怨念なのか元生徒なのか、それすら解らないソレ達が、一斉にこちらを向く。
 最早かまいたちの夜しか思い出せない。
「っくそ、こっちだ!」
 怯えた眼をする緋芽を引っ張り、階段を上っていく。
「クゲェ!」
 鳥のような声と共にそれの一体が背から翼を生やし飛ぶ。その様はあまりにも不気味で、正直退く。
「い、や」
 短く緋芽が拒絶の言葉を呟く。それとほぼ同時にポイントを指定し終え、俺の無詠唱魔法がゾンビもどきの羽をもぎ取った。地に落ちたそれはかさかさと四つん這いになってこちらに歩いてくる。
「来ないでぇ!」
 がっ、と。緋芽が尽きだした足が、ゾンビもどきの顔面に突き刺さった。完全に緋芽の注意がそれに行った瞬間に緋芽を抱え込み、力を発動させて一気に階段を駆け上った。
 四階まで飛び出るようにして駆け上り、ようやく一息吐く。
 はぁ、と溜息を一度吐くと、今の状況に緋芽が気づいたらしく、
「降ろしてよ」
 かなり冷たく言われた。デレとかツンってレベルじゃない、ただ単に嫌われてるぞこれは。
 ……おまけにこの子は悠斗にベタ惚れなので残念ながらフラグが立つ気配は
(あばばばばー)
 其処まで行っていた思考を直ぐさま停止させる。しょうがないので其処から給食室へと向かう。確か給食を一回から四階まで上げる荷物用のエレベーター的なモノがあったはずだ。
 せまいが、まぁ、緋芽くらいの大きさだったら簡単に入れるだろう。
「ということだ篠鐘、これで一階まで降りて待ってろ」
「春日はどうするの?」
「どうにかする。一階の其処まで迎えに行くが、一応俺がちゃんと俺で居るか確認を取れ」
 其処まで言った後は緋芽をエレベーターに入れ、
「じゃ、また後でな」
 一応一時の別れを惜しんでみたりしながら下の階へ動かすボタンを押した。
 ごぅん、ごぅん、とエレベーターが稼働する音がする。故障はしていないようで何よりだ。さて、緋芽が居なくなった今なら力をフル稼働させて下まで普通に降りれるだろう。
 ブランクを埋める良い運動にもなりそうだ。
「さーて、っと」
 給食室を出ると、ゾンビもどきの群れが怒濤の羊の如く押し寄せていた。今更ながら気づく。
 怨念だろうが元生徒だろうが、
(どうせ今化け物じゃん?)
 躊躇う事も無く水晶剣を紡ぐ。見えないのに見える不可視の剣は時折黒い光を発しながら、不気味に唸る。
「さて、踊ろうか?」
 眼鏡の向こうの濁ったどす黒い瞳が、道化師の様に笑っていた。
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