第一話 始まる世界
「ったく、何でこうなってるんだ?」
結局、戦いを望まずこちらに来たというのに、こうして自分の力を使わなければいけない状況下に追い込まれているとは、散々だ。
気絶した卓斗を放って置く訳にもいかないので、背負ったまま階段を下りている所である。力を発動させて居るので重いという訳では無いのだが……。
(如何せん、しばらく使ってなかったからな)
運動をしなくなると体が鈍っていくように、力も同じように、突然また使い始めると、体に負担を掛けるようだ。
かといって定期的に使う予定も無かったし、これは仕方ない事だろう。
取り敢えず一階に着いたので、そのまま保健室へと向かった。そして扉を開けようとするが……。
「……何で毎度毎度此処は鍵が閉まってるんだ」
一瞬愚痴った後、鍵穴に指を向け、そのまま鍵穴に突き刺す。指が当たった箇所からズルリと鍵穴が溶け、そのまま向こう側まで貫通した。
(よし、っと)
鍵が鍵の役目を果たせなくなった為、あっさりと扉は開いた。そのまま保健室に入り、卓斗をベッドに寝かせておく。さて、此処からどう動いた物か。
(さっきの衝撃……、恐らく、何らかの“力”だろうな)
とくれば、何の力も持たない者達はそのままにしておくと不味いかもしれない。早急にこの力の元を絶つ必要が在るだろう。
そう思いながら扉を開け、廊下に出る。そのまま鍵穴を溶かして完全に固定して、そこから校内を探索する事にした。
(……何事だよ)
全くもって、不思議だった。校内を歩き回っているのに、誰も見つからない。まるで隠れん坊でもしている気分だ。
そのまま校内を歩き回り、俺の居る東棟――この学校は中高一貫なので、中等部と高等部があり、東棟は中等部だ――と、西棟を繋ぐ渡り廊下に着いた。
「……おいおい」
篠鐘緋芽が、倒れていた。
確かこの子は、悠斗(驚いた事にこの世界に来たら居た。身構えたら「別に何もする気はないさ」で終わらされたが。……でも、多分アイツこのこと知ってたな)と一緒に居た所を見た事がある。
取り敢えず、其処まで考えた時点で選択肢が一つしかない事に気づいた。
目の前に居る篠鐘緋芽を助けますか? Y/N
(……いやぁ、選択権の無い選択肢は嫌いだわ)
思いながら緋芽の方へ近づく。ぴくりとも動かないので流石に不安を覚えたが、確かめてみると呼吸はしていた、問題は無い。
そのまま卓斗と同じように背負おうとして……、やめた。
緋芽が目を覚ましたからだ。
「……! あれ、私……」
「っと、起きたか、篠鐘」
きょろきょろと辺りを見てから俺の存在に気づき、少し退く。……いや、話した事は確かに余りなかったが、退かなくても良いんじゃないだろうか……。
昔の世界で二回連続で隣の席になった女の子が涙目になっていたのを思い出しながら少し落ちた眼鏡を元の位置に上げる。
右眼の視界がぼやけてるのは乱視のせいだ、と言い聞かせていると、緋芽が突然渡り廊下を走り出した。
「悠斗先輩……!」
がっ。
見事に何かに頭をぶつけ、緋芽は其処で止まった。頭を押さえて不思議そうな顔をしているが、無理はない。
……だって其処、本当に何もない。
「どういう事だ!?」
春日も飛びつくようにして行くが、其処には見えない壁しか存在しなかった。
がんっ、と思い切り蹴ってみるが、壁に加えた衝撃が全て跳ね返されるようにして自分の足に衝撃を与えた。
「どうしよう……」
隣を見ると、緋芽がうずくまっていた。かといって春日がこの壁を砕ける訳でもない。
「ゆ……、紅瀬先輩は、西棟に居るのか?」
この世界で俺と悠斗はそう親しくもない、下手に名前で呼ぶと色々と不味いかも知れない。
「うん、さっき向こうで別れて、それから……」
そこまで言いながらこっちを見て、緋芽が絶句した。
その怯えるような視線の方へ目を向け、
「っ」
本気でビビった。
制服を着たゾンビが其処にいた。ゾンビという表現が適切かどうかは知らないが、化け物なんてみんなどれも同じだろう。
名札を見てみると、でろりと溶けて読めなくなっていた。誰かが化け物になったか、それとも誰かの怨念だとかをソゥハイトの様に具現化した物なのか。
どちらにしようと……。
(篠鐘の前で戦う訳にはいかない、か)
どうやってこの状況から逃げるか、を考えなければならない。それだけは、明確だった。
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