第十九話 砕かれる幻想
掻き消えたと思った次の瞬間に、がさりと音がする。リンゴが太陽銃を抜き、構える。
砂利を踏む音を立てながら現れたのは、
ゴッ。
それを認識する前に殴打するような音が聞こえた。意識が途切れるその瞬間、自分が殴られた事に気づく。
目を覚ますと、両手が手錠で繋がれている事に気づく。何だかこんなのばかりだ。
肉体の疲れは取れていないし、余り時間が経ったとも思えない。レイプトラズトも矢張り一度展開すれば限界だろう。隣でリンゴが倒れている。同じように手錠で両手を繋がれており、さてどうしたものかと辺りを見回す。
いかにもと言えそうなこの牢獄のような空間に見える窓から外を見ると、
「はい?」
間抜けな声が上がる。空――といっても、此処は雲の上なのだろう。真っ白だ。ちょっとした切れ間から下の方が見える。
此処から見える自分の学校は、ただの瓦礫としてしか映らない。全く、あんな手の込んだ事が出来るのはどこのどいつだ?
取り敢えず此処は……。あぁ、太陽都市か。世紀末世界で空飛んでる物なんてそれぐらいしか思い浮かばない。リンゴの時代から暗黒城が浮いていたとしてもあれは宇宙だし、な。
「成るほど、これが敵の拠点なら丁度良い」
「のわたっ!?」
いつの間にやらリンゴが横にいた。
それにしても、太陽銃もないのにどうやって此処を叩くつもりなんだこの人?
「簡単だ、俺は一応徒手空拳も使える」
「でもそれって両手塞がれてたら意味無いんじゃね?」
沈黙。
……お茶目と言うべきか抜けてるというべきか。
「紅のリンゴ、そして異界の訪問者よ」
牢獄の扉の向こう側から声が聞こえる。どうやら俺も異界から来たって事はバレてるらしい。流石に格好がこうまで違うとそうもなるだろうが。
リンゴはどうにかして手錠を外そうとしながら聞いている。
「我等が王がお待ちだ、来い」
そんなこんなで、牢獄から出て、いつ落ちるか解らないような太陽都市の上を俺は歩いていく事になったりした。
最奥――ジャンゴの戦いの時に、カーミラの居たその場所には、見覚えのある人間が居た。
「……章人?」
「そう、君は僕を知っているのか」
リンゴの瞳がこちらを見る。だが、和途にも理解は出来ない。何故、章人が此処に居るのか。
「だが済まない。僕は君を知らない」
彼は彼で無くなっていた。
「僕が知っているのは、データの上の君だけだ。春日和途」
「……そういや、お前にフルネームで呼ばれるのも久々だ」
言いながら、一歩近づく。兵士は既に手を離している。取り敢えず、王とまで呼ばれる人物に近づこうとする人間に対して何のリアクションも取らない辺り、相当信用されているのだろう、こいつの強さは。
そう、つまりは相手がどれだけの実力を持っていようが関係ない。俺の近くにいる、紅のリンゴも同等の扱い。全ヴァンパイアを統治する王者を狩った彼に対してすらなんの行動も起こされない。
それは、目の前にいる上津章人。彼に敵などと言う物は存在しないとでも言うように。
「ところで、何度か俺がお前を殺したのは知ってるか?」
「聞いたさ。だがしかし、僕は君に殺されていない」
それもそうか、と呟く。
これは上津章人でこそあるものの上津章人の記憶は一つたりとも存在していないだろう。
だがしかし、俺がどのようにして戦うか、俺の力の全てはどこから来る物か。その全てを目の前の存在は知識として蓄えているはずだ。
「君に教えよう。夢などと言う物は、容易く砕けると言う事も」
言いながら、章人であった存在は何もなかった空間から何かを引きずり出す。――金属?
それを顔の前に持ってきて、そしてそれを見ていた俺の頭にふと何かが横切る。
――ライブメタル!
「君は余りに大きな夢を紡いでしまった。そんな幻想まみれの神など、今僕が此処で砕いてくれる」
リンゴに目線を向けると、リンゴも察したようで一刻も早く逃げようとする。
太陽銃は敵の手に渡ったままかも知れないが最早そんな事を言っている場合ではない。
『や……マ……途』
ザザ、とノイズを走らせながらデウス・エクス・マキナが無理矢理にこちらに回線を繋げてくる。
右手が弱々しく光るが、それは恐らくもう無駄で――!
「ロック・オン」
その言葉が、何故か世界を止めるキーワードにでもなっているようにして、空間が凍結する。
一瞬にも刹那にも満たない空間、それだけあれば彼が俺を――俺の幻想を殺すには十分すぎる時間だったらしく、
「死んで貰おう、機械仕掛けの神」
白い光が俺を庇うようにして飛び出す。
彼女が防がなければ、きっと俺は頭から焼き尽くされているだろう。でも、
(デム……!)
自分が紡いだ夢が、目の前で殺される様なんて、見たい奴は居る訳もない。
『逃……ゲ』
ぶつり、と。
彼女の全てが僕の中から姿を消した。
同時に、僕の中の全ての幻想が消えていく。
「所詮君の幻想などというのはこの程度の物」
貫いたその手が虚空を掴んだ後、元の位置に戻る。元々彼女はデータだけの存在、彼の手に血など付くハズもない。
「夢だけ見て生きていけるなら、この世はこんなに歪んでは居ないよ」
言い、そいつは俺の腹部にゆっくりと手を触れ、そして
ズン、と響くような音と共に衝撃が俺を揺らす。
吹き飛ばされ、そして俺は太陽都市から落ちる。空中に投げ出された俺を、章人の目が射抜く。
「さよならだ、夢見る者よ」
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