第十話 影に望む


 さて、此処からは何をどうして言った物か。先程から中等部の面々しか会っていないので何だか和やかだ。高等部の人間が混じってきたら敬語まみれになりそうな気もする。
 ……どちらにしようと、鳴神とか言うあの女は西棟に居るだろうからそれで良いだろう。他の人間と接触しても基本的には問題はないはずだ。
 どっかで悠斗が変なフラグ立ててたりしなければ、の話だが。
「そう言えば、さっき高等部の鳴神先輩と会ったんですが、春日先輩は見ましたか?」
「……城戸、今お前なんて言った?」
「え? あぁ、鳴神先輩と会ったって」
 ベタにもう一度その前だとか言わせてくれないこいつが有り難い。取り敢えず義和にそれを他の奴に喋らないよう目を配る。
 本当に良い奴だ、直ぐ察してくれたらしい。
「何が在ったんです?」
 成る可く手短に、ほとんど全ての事柄を伝える。俺の滑舌が悪いのはいつもの事だが、其処まであっさりと把握する辺りが天才とさえ呼ばれる所以だろう。
 かといって一度も聞き返されないとちゃんと伝わっているかこれはこれで不安を覚える。……凡人ですが何か?
「……なら、成る可く彼女とは接触しないようにした方が賢明ですね」
「理解が早くてマジに助かる」
 卓斗は今現在緋芽の相手をしてもらっている。流石に女の子を延々独りにしておくのは可哀想だろう。
 ……まぁ、必死で会話を続けようとしている卓斗に一種の空しさを感じる訳だが。話題は卓斗のソゥハイトである楓の話らしい。俺は知らなかったが、楓と卓斗は昔は緋芽と一応縁が在ったらしい。この世界で初めて起きる展開だ。
「取り敢えず僕が彼女と会ったのは一階でしたね」
「そもそも俺の力でも破れないあの壁を何で越えてるんだ?」
「……『影』の能力だとか?」
 ソゥハイト、という総称を俺が知っていても可笑しいだろうし教えなかったが、義和はソゥハイトの事を影と呼んでいた。確かにソゥハイトは使用時に使役者の背後にぼんやりとした影で出てくる事が多い、非常に納得だ。
 確かに、あの次元連結の匂いを感じる壁を通り抜ける手段、というか壁のこちら側と向こう側にいる理由としてはその辺りが手っ取り早い。
 もしかしたらソゥハイト自体かも知れないし、其処は何とも言えないだろう。どちらにしようと彼女と緋芽を接触させる訳には行かない。
「で、さっきから貴方達は何話してるのよ」
「うぇいさっ!」
 何で敬礼してるんだろう俺こと春日和途。横では義和が非常に冷静に緋芽の方を向いている。
「あぁ、春日先輩が平方根苦手だって言うんで教えてたんですよ」
 何でコイツが俺の苦手な物を知って居るんだ……? ……違うや、俺が全部苦手なのか。と取り敢えず一瞬の間に五十回くらい凹んだ後、
「ばっ、城戸、それは言うなって!」
 取り敢えず口止めする振り。振り振り。……教えて貰えないだろうか。
 不思議そうな目で緋芽がこちらを見る。いや、別に会話内容を怪しまれた訳ではない。これは何故それが解らないのかという目線だ。畜生うわーん。
「矢張り人がなかなか居ませんね……」
「珍しいな、大抵の人間が西棟に行ってたのか?」
 卓斗が言うが、直ぐに緋芽がそれを否定する。
「さっきから会う奴会う奴、みんな化け物じゃない」
「化け物と言えば、先程から会うあいつら、全員が全員『影』を使役してますね」
 ……はい?
「それは気づかなかった、詳細頼む」
「あれ、僕だけかな? 彼等の後ろに薄ぼんやりと『影』が見えてるんですが」
 まずいな、それをさっぱり俺は気づいていなかった。感覚が鈍りすぎたか、ただ単に義和の力量が優れているのか。どちらでも在るかも知れないが、今の問題はそんなことではない。
 異形達の後ろにソゥハイトが見えているというのなら、奴らには未だに精神が残っているのかも知れない。残っていたとして元の姿に戻れる保証は欠片もない、が。
「春日先輩」
 卓斗と緋芽がそれについて話し始めると、義和が俺にだけ聞こえるように小声で話し始めた。俺が何か知っている、という事に感付き始めているかも知れない。
「アイツ等の後ろに見える『影』は、ソレの本来の姿です」
「どういう事だ?」
「あの化け物達は、明らかに体が変化しています。その化け物達の後ろに見える『影』は、その人達の元の姿でした」
 つまり。
 今、あの異形達は、ソゥハイトが強制的に表に引きずり出された姿だ、という事だろうか? 確かに適正者である俺、卓斗に義和、緋芽……は例外だろう、他に例を見た事のないような覚醒をされた。が、一応ああして自分を保っている辺り適正者ではあるだろう。
 しかし、ソゥハイトは人によって紡がれ方が違うはず。多少形こそ違う物の、あれらは全て形状が破綻していた。まさかそんな人格が破綻するような状態の人間があれだけ大量に居はしないだろう、恐らく。と考えると、ソゥハイトが何らかの変化を受けた上で覚醒したと考えるべきか。
 つまり、その精神の破綻をどうにかすれば助かるかも知れない。となると先程まで倒してきていた異形の事に少しだけ罪悪感を感じるが……。歩くついでに少し見てみたが、血痕こそ残っていた物の、躯は何処にもなかった。もしかしたら生きているのかも知れない。
「どうにか出来ますかね?」
 と、ひたりという足音が聞こえる。その足音は無駄に響いたので全員がそちらを向く。
 廊下の向こうから、異形が――いや、違う。
「半覚醒者?」
 卓斗の声が聞こえる。恐らくその辺りが呼称としては正しいだろう。ついでに義和の話から立てた推測も合っては居たようだ。半分が異形に浸食されたソゥハイト、半分は元のままの人間。その半覚醒者が、其処にいた。
 人間としての体が履いている上履きにはご丁寧に名前が書かれていた。秋宮。名前が解らないが、まぁ、そんなものは、
『後で聞けば問題ない、よね、和途』
(そゆこと)
 ソゥハイトとの会話を切り、もう一度その生徒を見る。上履きの色から見るに高等部の人か。
「という訳だ、秋宮先輩」
 言うと、その半異形は何も喋らない。そして半覚醒者が、こちらを見る。その目は今までの世界で幾らでも見た事があった。死んでいく者だとか、俺に殺された奴だとか。
 ……俺の、目だとか。
 その目は確実に訴えていた、この化け物から解放してくれと。
「よし、やってみる、」
「援護します!」
 こちらが頼む前にたん、と義和が跳び出す。それに続いて卓斗も跳ぶ。緋芽には目で離れておくよう促す。デウス・エクス・マキナが右腕を白く発光させる。制服を着ている下からその光は零れだしている。
「晴菜先輩……」
 緋芽の不安そうな声が聞こえる。どうやら緋芽はなかなかに人脈が広いらしい。それと同時に失敗は許されないと知る。これ以上緋芽の精神を不安定にさせる訳には行くまい。……まぁ、どちらにしようと失敗する気など無いのだが。
 聞こえるか聞こえないかも解らないが、一応言っておくべきだろう。
「少し痛いかも知れねぇけど、我慢してくださいな」
 そして俺は、白の閃光と共に駆ける。
前へ/戻る/次へ