第三十五話 夜空に瞬く星
目を覚ますと、其処は屋上だった。
星が瞬いている事から考えるに真夜中だろう。
「……、」
横に立つ悠斗へ、ぼんやりと焦点の定まらないままに視線を向ける。
「世界の向きは戻った。リンゴの奴も死ぬだろうな」
彼が死なない未来。
それは、どんな結果を紡ぐことになったんだろう?
――“俺たちの知る世界”にその方向を戻した今、考えても仕方のない事だが。
「ああ、後今俺たちのいる場所は、時空の歪みが修整された後だ」
「つまり、俺が消すなり殺すなりした異能達も“そもそもそんな風にならなかった”って事で処理された訳か」
ずいぶんと都合の良い話だ。……本当に。
しかし、いくつか疑問が残されている。
「鳴神に刺されただろ、お前。ありゃなんだったんだ?」
「気づかなかったのか。東棟と西棟は平行世界だったんだよ」
頭に疑問符を大量に並べながら悠斗の言葉をどうにか理解しようとする。
彼が言うには、二つの世界は並びあい、同じ場所に存在しながら別の世界である、と。
つまり、俺が鳴神達と共に戦ってる間、悠斗の奴も同じような面々と共に戦っていたと。
「あれ、春日」
夜の学校の屋上だと言うのに、何故か篠鐘が来た。
悠斗に対してなんのアクションも起こさないとは珍しいな、そう思った次の瞬間、
「誰、この人。高等部の知り合い?」
バッ、と悠斗の方を振り向く。
彼は少しだけ笑って見せた。
(こいつ……)
もう、この世界から居なくなるつもりなんだろう。
次の世界へ行って、今度はどうする気なんだろうか?
「じゃあな、春日」
その言葉は、挨拶などでは無かった。
――問い。
俺は、この世界で生きていくのか。
それとも、別の世界へ旅立つのか。
「待てよ悠斗。――俺も行く」
結局、俺はそう答えた。
行くアテも何もない。
けれど、俺の紡いだ幻想は、確かにこの世界を護れたから。
まだ、何かを護れるって言うなら護って見せたい。
今まで散々何かを破壊してきたくせに、そんなことを考えたのかね、俺は。
「そうか」
言って彼が指を鳴らす。
おそらく、これで篠鐘も俺のことを忘れただろう。
屋上に来たら先客が居た、という程度なんだろう。
扉へ向かって歩き出した悠斗のその後ろを歩く。
「あ、あの」
他人行儀な口調で、最後の一歩を踏み出そうとした俺を篠鐘は止めた。
何故自分が話しかけたのか解らないという表情のまま、
「ありがとう」
そう言って、そして彼女は首を傾げた。
それはそうだ、初対面の相手に何故いきなりお礼を言うのか。
まあ、彼女が記憶を持っていたとしてもお礼なんて言われなかったかも知れないが。
「……あぁ。じゃあな、篠鐘」
言って、俺は振り返る。
悠斗はゲートを開き、その先へ一歩踏み出した。
その後に続いて、俺も其処を通る。
「――春日!」
全て失ったはずの彼女の叫びが聞こえた。けれど俺の足はもう止まらない。
ゲートが動き出し、この世界から俺が切り離される。
その感覚の中、この戦いの中で紡いだ幻想に語りかける。
(なあ、デム)
『何?』
最後の最後、全ての幻想と共によみがえった彼女。
俺がこいつを紡いだ理由。護りたかった物。
(それを、守り続けてくれないかな)
この世界と、一緒に。
『だいじょうぶ。任せて』
デウス・エクス・マキナは、最後にそう言った。
この世界は、きっと彼女が護っていってくれる。
俺が彼女を紡いだ理由も、ずっと。
全てから切り離されていく。
デウス・エクス・マキナが俺から離れていく感覚と、薄れていく意識の中、
一言だけ、誰に向けたか解らない言葉を彼は呟いた。
「――ありがとう」
おしまい。
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